第231話 弔う
握った拳。
それを全力で振り抜く。これまでの経験で硬く育った拳は、スケルトンのカルシウムボディを容易く破壊した。弾け飛んだ骨片が、壁へと突き刺さる。
この程度でダンジョンが損傷するわけがないので、ここはまだダンジョン内ではないのだろう。つまり魔物がダンジョンの外へと出てきている――ここも豊臣によって変革が行われたダンジョンというわけだ。
「先を急ぐぞ。いつ敵が降りて来るかも分からないからな」
「ああ、急ごう」
先陣を切って進む。
スケルトンレベルの魔物であれば、俺であっても一撃で屠れるため、レオン政権の人間と接敵する可能性がある背中側を、江梨子に任せている。
「それにしても、ここは何のために作られたんだろうな?」
「下水道……ではないだろう。水が流れる水路的なものがないからな。理由は分からないが、現在は利用されていない可能性が高い、謎の地下空間に、ダンジョンが発生した。今私たちが考察できるのは、こんなものしかない」
「それはそうだな」
こんな意味があるのかないのか、よく分からない会話をしている間も、襲い掛かってくるスケルトンを殴り続けていた。一撃。様々な種のスケルトンと接敵したのだが、みな一撃で木っ端みじんになってしまうため、十体ほどを屠った頃には飽きてしまった。
たぬ吉たちを救い出すという目的があることで、この苦行とも言える反復作業をこなすことができていたが、そろそろ精神的にきついものがある。
「江梨子、飽きて来たんだが」
「辛抱しろ、悟。あと少しで別種の魔物と接敵する」
「そういうことじゃないんだが……まあ敵の種が変われば、飽きも解消されるか」
そんな江梨子の言葉通り、次に接敵した魔物は、スケルトンではなかった。人型であることに変わりはないが、その身体は骨だけでなく、ちゃんと肉が付いている。しかしただの肉ではなく、腐臭漂う腐った肉だがな。
その魔物の名は、グール。死してなお生へと縋り付く怨念が作り出した化け物――と学者は呼んでいたが、ダンジョンの魔物である以上、ダンジョンのシステムによって創り出された、人と似て非なる存在に過ぎない。
「人でないなら、特に思うことはないが、もし人だったのであれば、これは弔いの火だ」
握った拳に炎を纏う。
振りかぶり、突き出す。接近に伴い、纏っていた悪臭が鼻を突き抜けるが、監獄の臭いに慣れてしまったおかげ、もしくはせいなのか、その悪臭に嫌悪感を抱くことはなかった。
グールの身体に拳が触れる。一瞬だけだったが、その感触は人と大して変わらない。それが本物の人なのか、本物の人を模して作られた偽物の存在なのか、どちらだろうと関係ない。弔いの気持ちを籠めた拳で、屠ってやる。
「――」
一瞬で焼け焦げる。だがそれも一瞬のことで、高い火力に燃やし尽くされた肉体は、灰となって地面へと舞い落ちる。
「……ふぅ」
サラリーマン時代の俺であれば、心が揺れ動くかもしれなかったが、ダンジョン関連のことで様々な経験を積んだことで、全く心は揺れ動かなかった。
「江梨子、この先、どれくらいの道がある?」
「最低でも、私の観測できる範囲内は、全て地下道だ。まあ地下道と完全に同化していて、似た材質でダンジョンが作られているのであれば、その限りではないが」
「まあいいか。まだウチの従魔の姿は捉えられていないんだよな?」
「それらしき存在は居ないな」
「ならとにかく進むだけだ」
面倒くささや、飽き、そんな探索を進めたくなくなる理由よりも、たぬ吉たちを探し出すという目的の方が、俺にとって優先される事項だ。そもそもたぬ吉たちを従魔は、俺の中にある存在の中でも、最上位に位置する存在。どんなものを切り捨ててでも、助け出す。そんな覚悟がある。
グールとの接敵から五分。結構な距離を進んだはずだが、未だダンジョンには侵入できていない。その証拠に――
「急に壁を殴って、どうしたんだ」
「いや、ダンジョンでないことを確かめたくてな」
軽く殴っただけだが、壁はポロポロと崩れ落ちている。いくら俺の膂力が上がっていようと、ダンジョンの壁はここまで脆くはないため、ここは未だダンジョン外であるということが分かる。
「従魔の視界は、ダンジョンのようであったのだろう? ならばダンジョン内は分かりやすくなっているのでは? まあ気長に行こうではないか。ここに出現する魔物程度では、悟の従魔に傷一つ付けることは叶わないのだからな」
「ふっ、確かにそうだな」
家族である俺よりも、江梨子の方が信頼していたとは、自分が情けなくなる。確かにそうだ。ウチの従魔たちは、並大抵の魔物にやられるほど、弱い子たちではないよな。
とにかく進むしかない。
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