第230話 地下に広がる――
夜を迎えた。
人の気配はないとは言い切れないが、昼間に比べるとかなり人は減っている。ゼロになる機会もあるだろう。そう思える程度には、人の気配が減っていた。
そんな夜の街を歩いて進んで行く。昼間のように人の視線を集めることはないため、俺たちの顔が民衆にまでバレているということはないのだろう。つまり昼間に、人々の視線を集めていたのは、単純に臭く、汚かったから、ということだ。
「それにしても、どうして麗華は囚われたんだろうな」
「……理由はいくつかあるだろう。私たちが侵入した時、要塞内での騒ぎがあって、そこに親衛隊を筆頭とした戦力が動員されたことで、入り口の警戒が緩くなったわけだが、その戦力が戻って来たんだろう。どうしてだか、その時の記憶がごっそり抜け落ちていて、あまり覚えていないんだがな」
「俺と同じだな。俺も侵入時の記憶は、ほとんど残っていない」
こうなってくると、何らかのスキルによって、記憶が消されたとみるのがいいだろう。記憶に干渉して来るタイプのスキルを所有しているとなると、かなり厄介なことだが、分かった以上は対策が練れるはずだ。
「厄介な相手が複数いるとは……【十聖】以上の強敵かもしれないな」
「……確かにそうだな」
俺が直接戦った【十聖】は、呂布、エイムズ、羽柴だけだが、みな厄介な力を有していた。他の【十聖】も、同じように厄介な力を持っていたとみるのが、一般的な考えだろう。
そんな【十聖】を超える厄介な敵となると、江梨子が全力を出しても、叶わない。そんな弱気な考えが、頭に湧いてきてしまう。
「悟、弱気になるのは良いが、人の実力を、身勝手に自分の物差しで測ろうとするなよ。私の力を客観的に分析するのも、敵の力を分析するのも別に良いが、それを勝手に比較して、負けると決めつけるのはよろしくないぞ。戦いは生モノで、その時その時の状況で、簡単にひっくり返ってしまうものだ。だから最初から悲観的にいる必要はないんだよ」
「す、すまん」
いい歳して叱られてしまった。
ただでさえ、おっさんが怒られるというみっともない状況だというのに、その怒っている人が子供のような見た目をしているせいで、みっともなさが数倍にも膨れ上がっている。
恥ずかしさから目線を下へと移すと、そこには見慣れぬ模様が刻まれたマンホールがあった。
「……江梨子、下を見てくれ」
「下……悪趣味なマンホールだな」
「同感だ」
その悪趣味なマンホールとは、初めて要塞を訪れた時に、手を合わせたレオンにそっくりな顔が刻まれているものだ。
奴の顔が刻まれているということは、要塞作成後に作られたということ。付け替えたり、元々付けられていたマンホールに掘り直したりした可能性もあるが、この下にあるものがレオン政権によって作られた可能性も、大いにあるだろう。
「じゃあ人の気配が消えた時に、この下へと潜るか」
「私が風で探るとしよう」
足元を心地よい風が吹き抜ける。
広がる風は、物の輪郭を捉え、近くに居る人間の数を探り出すだろう。居なければ、直ぐにマンホールを開けるが、居た場合は怪しまれないように時間を潰さなければならない。つまり演技が必要ということ。
「……悟」
「分かった」
マンホールに指を掛ける。
その瞬間、これは素の力で開けることはできない、と悟った。だが俺には膂力を上昇させる術がある。
「【シンクロ】」
“赫猛”の赤いオーラは、この暗い場所でかなり目立つというデメリットを抱えているわけだが、人が居ないという事実がある以上、そこまで関係のないデメリットだ。
そんな赫猛によって上昇した膂力によって、マンホールを持ち上げる。開かれた円の中には、何処までも続くと錯覚してしまう闇があった。
「降りるぞ」
江梨子が先陣を切って、穴の中へと消えた。
俺はマンホールを閉めなければならないため、梯子に足を引っ掛けて降りる。マンホールを完全に閉めると、そこは完全な闇。一寸先も見えない暗闇が広がっていた。
「……」
この閉鎖空間だと、反響が酷いと思われるため、声を出すことができない。もし敵がこの地下空間に居た場合、直ぐにバレてしまうからな。
足が着く。ようやく地面に着いたようだ。時間にして、大体二分程度。かなりの距離、降りてきたはずだ。
「……悟、火を付けてくれ」
「誰も居ないのか?」
「私が観測できる範囲には、人の姿はない。代わりのものが居たがな」
「代わりのもの? まあいいか」
掌から火を出す。
周囲に光が灯されたわけだが、その代わりのものと言った存在の正体が発覚した。
「なるほどな、これは明かりが必要だ」
前方二十メートルほど先、そこに居たのは、骨。もっと詳しく言えば全身揃った人骨。ダンジョン的に言えば、スケルトンだ。
「人の気配はないが、魔物は居る……たぬ吉たちが居る可能性が、一気に高まったな」
「ああ、悟が【シンクロ】で繋げて見た光景は、ダンジョンのような空間ではなく、ダンジョンそのものだったのだろう」
「――」
拳を握る力が強くなる。
あと少しで会えるんだ。掌から血が流れても、気にしてはいられない。
もう少しです
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