第228話 くっさぁ
喫茶店を目指す間、行き以上に視線を感じていたが、これは消し切れなかった臭いを指摘するための目線だろう。でなければ、ここに居る大衆が全員敵ということになってしまう……が、流石に数が多すぎるし、あり得ないはずだ。
「【シンクロ】」
小声で口にする。
ここで借りるのは、従魔たちの特別な力でも、視界でもない。動物としての、人よりも鋭く進化した気配察知能力だ。凜々花のスキルには遠く及ばないものだが、一般人の能力は優に超えているだろう。
大量の人の気配。それは【シンクロ】を使わずとも、見ればわかる事実だが、一人一人が抱いている殺意の方向が、手に取るように分かる。熟練の者が偽装している可能性も捨てきれないが、確率はかなり低いと言って良いだろう。
「江梨子、俺たちに向けられた殺意は感じられないから、急ぎめで行くぞ。臭いのせいで無駄に注目を集めてしまっている」
「ああ分かった」
「……」
俺たちは小走りで大衆の間を通り抜けていく。決して、全力で走るような真似はしない。恥ずかしさで逃げる一般市民のような足の速さで、大衆の間を通り抜けて行った。
そして信綱の喫茶店の前へと辿り着く。注目は集めてしまったが、江梨子たちが脱獄囚であると気付いた者は居ない……と思いたい。
「――汚ねぇ、奥に風呂があるから、順番に入って来い……いや、嬢ちゃんは先だ」
「ああ、済まないな」
江梨子が店の奥へと消えて行く。
「じゃあ江梨子が上がったら、ロジャースも入って来いよ」
「……」
「……お前も入ってくるんだぞ」
「はっ?」
信綱は俺の方を指差して言った。
言われた意味が分からなかったため、自分の服や身体の匂いを嗅いでみるが、風呂キャンした時のような激臭が漂ってくることはない。至って普通の匂いしか香って来ない。
「その臭いに鼻が慣れて、気付いていないようだが、お前も大概酷い臭いだぞ」
「――ッ!?」
そうだったのか……。
あまりのショックで、力が抜け出してしまい、地面へと膝から崩れ落ちてしまった。よくよく考えてみると、あの臭い環境にそこそこの時間居たのだから、臭いが移っていても全くおかしくないか。
何となく納得できると、ショックも抜けて、足に力を入れることができるようになる。立ち上がるとほぼ同時に、風呂に入った江梨子が戻って来た。
「ずいぶんサッパリとしているな」
「久方ぶりの風呂は、気持ちのいいものだ」
自前だと思われるタオルで髪を拭いている江梨子の姿は、一種の美しさを感じられた。まあ幼さが際立つ美しさを掻き消しているから、欲情するようなことは一切ないわけだが……。
「じゃあ次はロジャースが入って来い」
「……」
ロジャースは無言で風呂場へと消える。
残った俺と江梨子、信綱はカウンターを挟んで向かい合う。
「それで、あれはアメリカの人間だろう。何故こんなところに居る」
「偶々日本に居る時に、ダンジョンの変革が起こって、取り残されてしまったらしいぞ。まあ偶々なのか、何か目的があったのかは、ロジャース本人にしか分からないけどな」
「きっと【十聖】との戦争後の、日本の戦力を確かめたかったのだろう。私たち【先駆者】が全員亡くなれば、日本のダンジョン協会は機能を停止せざるを得ない。麗華という頭一つ分抜けた冒険者が居たとしても、【先駆者】レベルの統治機能は作り出せないだろう。そう思ったアメリカが、もしもの時のためにナンバー2を送り込んだ。この考察が、時期的には尤も正しいと思うぞ」
江梨子の言いたいことを纏めると、ロジャースは日本のダンジョン協会を乗っ取るために、日本へと来ていたが、その日本自体が消えてしまい、無政府状態の土地で囚われてしまったというわけか。
この先的になる可能性があったとしても、今の間だけでも手を合わせることができるのであれば、仲間として戦っていくことに文句はない。アメリカナンバー2という戦力は、人での足りない俺たちにとって、大きな戦力なのだからな。
「それじゃあ、俺の風呂が終わったら、作戦会議を始めるか。まずは麗華と従魔を探し出すという大きな任務が残っているけどな」
「ああ、そうだな」
「……」
丁度ロジャースが風呂から出て来たので、俺も風呂場へと向かう。
俺のいない江梨子たちの間で繰り広げられる会話の内容が、気にならなくはないのだが、聴く術を持ち合わせていないため、悶々としながら身体を流すとしようか。
蛇口をひねると、暖かいお湯が頭から降ってくる。電力システムというものが、発電所という存在というと共に壊れたはずなのだが、このお湯はどうやって温めているんだろうな……。
まあ今は、温まることだけを考えよう。
メスガキはいません。
江梨子の見た目はメスガキ適性があるかもしれませんが、性格が違いすぎます。
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