第225話 脱げ
脳の処理が追いつかない内に、江梨子とロジャースは前後に別れた。
当然、事前に話していたように、ロジャースが後衛で、江梨子が前衛でだ。
確かに江梨子も明智と戦える程度には、近距離戦ができる。その明智が上澄みも上澄みのため、江梨子の近接術も世界有数のものだろう。だが比較するのが、アメリカのナンバー2で、あのガタイの持ち主だ。勝てると思う方がおかしいだろう。
「【――】」
江梨子が詠唱を始めた。
あれは遠距離攻撃を齎す詠唱ではなく、近接戦を行うための準備の詠唱だろう。当然、ブルーノによる邪魔が入る。
「させると思っているのか!」
既に破壊した部分が治った人型土塊は、拳を振り上げて、詠唱を続ける江梨子の下へと落とそうとしている。邪魔するために立ち上がろうとしたが、揺れる脳がそれを許さなかった。
足から力が抜ける。俺は無力にも、地面に伏してしまう。何とか顔だけは上げるが、それが精一杯のできることだった。
「邪魔するな」
爆ぜた。俺の乏しい語彙では、そう表現することしかできない現象が、ブルーノの巨大な拳を襲った。
江梨子の詠唱を邪魔しようとしていた巨大な拳は、それが存在していたことを疑ってしまうほど、跡形もなく消えている。前後関係からロジャースが行ったことは明確であるが、どうやったのかが全く分からない。
「“――”」
江梨子の詠唱は完遂された。
それは幻覚龍戦で見せた風の鎧。ハリケーンを思わせるエネルギーを孕んだ風の鎧は、触れるだけで腕が吹き飛んでしまう……そんな高密度のエネルギーだ。
「本体は何処に居るのか、確かめよう」
ミサイルですら置いてけぼりにする速度で、巨大な人型土塊へと迫った江梨子。発生したソニックブームは、未だに天を塞いでいるドームにヒビを入れた。
ブルーノは拳で迎撃しようとしているが、全く追いついていない。既に江梨子は、鎧と同じように拳を高エネルギーの風で包み込むと、軽く突き出した。
爆ぜた。ロジャースも同じことをやったが、規模が違う。ロジャースが拳を爆ぜさせたのに対し、江梨子が爆ぜさせたのは、巨大な人型土塊そのもの。中で操っていたであろうブルーノの姿が露出し、全身から血を吹き出しながら宙へと放り投げられた。
「脆すぎる。この程度で幹部を張れる親衛隊……悟、レオン以外に対してそこまでの警戒はしなくてもよさそうだ」
「……いや、俺がこうなっているんだが?」
俺は地面に伏しながら、ゆっくりと宙から降り立つ江梨子と目を合わせた。【先駆者】のトップ。そんな上澄みも上澄み、世界のトップテンに入るであろう江梨子からすれば、どんな相手でもそこそこの相手にしかならないだろ。
「……まあ、ダイジョブだろう」
「カタコトになってるぞ」
差し出された手を掴み、何とか立ち上がる。
顔が歪んでしまう。
「どうした、顔を歪めて」
「……女性相手にすごい言い辛いが、江梨子、お前滅茶苦茶臭いぞ」
「――ッ!?」
江梨子の顔が一気に赤く染まった。茹蛸。アリがちな表現だが、頭から湯気が出ているようにも見えるため、リンゴとかよりも茹蛸と表現するのが適しているだろう。
「……どうにかして、風呂に入ろうな」
「……うん」
見た目相応の話し方に、思わずキュンとしてしまった。
だが鼻にこびりつくような激臭に、そんなキュンとした気持ちは何処かへと消え去ってしまう。
「一応、ここのトップを倒したわけだが、安心して風呂に入るわけにはいかないよな……俺がお湯を出すから、交互に監視しておいてくれるか?」
「分かった。ロジャースもそれで大丈夫だろう?」
「……」
変わらずロジャースは無口だ。
江梨子の問いかけに対して、ただ首を縦に振ることしかしていない。
まあ意思の確認は取れるわけだし、俺が文句を言えるような相手でもないから、何かを言うつもりはない。これもまた、弱肉強食の一種――違うかもしれないが、力ある者であれば、何をしてもいいという点では同じだろう。
「じゃあ先にロジャースを洗うから、江梨子、警戒を頼む」
「ああ、大丈夫だ」
「ロジャース、脱いでくれ」
「……」
必要最低限の布面積しかなかった服を脱ぐと、全身に鋼の鎧を纏っている――そう思ってしまう筋骨隆々の肉体が出て来た。その分傷もすごく、見ているだけで痛くなってくるような、痛々しい傷が全身に刻まれている。
「【シンクロ】」
亀之助の水を生み出す力に、自分の火を生み出す力を合わせることで、丁度いい温度のお湯を作り出す。“湧沸”もお湯を生み出すが、お湯レベルではない熱湯なので、あまり湯浴みには向いていないだろう。
江梨子やロジャースレベルの人間なら、熱湯でも気持ちいいと思うのかもしれないが、火傷させたら申し訳ないので、手間をかけてお湯を作る。
「かけるぞ」
「……」
頭からぶっかけた。
そして洗濯機の如くブン回す。石鹸はないため、そこまでの効果はないだろうが、やらないよりかは幾分もマシだろう。
次回、江梨子のお風呂回です。
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