第224話 ブルーノ
鼻に香る火薬の臭い。そして肉が焼けたであろう焦げ臭さ。それは俺たちの、俺の判断が齎した結果を表す臭いであり、鼻を摘まむわけにはいかない。
「行くか。これだけの爆発だ。バレていないはずがない」
「その通り」
何処からともなく聞こえて来た声。
合わせて足元が揺れる。地震かと思ったが、声とのタイミングが良すぎるため、声の主が引き起こした揺れなのだろう。
「最初から見ていたが、よくも我が監獄を引っ掻き回してくれたなぁ」
「最初から? なら手を出さなかったお前の方が悪いだろ」
「……悟、それは犯罪者の言い訳だよ」
「法があればな」
「まあね」
そう、法があれば、俺の方が悪い。圧倒的に悪い。
だが法も政府も亡くなった以上、弱肉強食でなければならない。それはある程度の力を持つ者であれば、同じ考えに至るはずだ。力を持たない者が、以前の法や秩序に縋ることを悪いとは思わないが、現実問題、世界は変わってしまったのだから、適応しなければならない。
「ふっ、我は法に厳格でな。この要塞内における法では、要所侵入だけでは命を奪えないのだよ。でも殺人と脱獄の手助けのダブルパンチだと、死刑に値する……つまり君は死刑。そして殺人と脱獄しようとした罪で、君らも死刑なのだよ!」
ふわっとした浮遊感に包まれる。
しかし身体が浮いたわけではなく、足元ごと宙へと浮かんでいた。ただ浮かんでいるのではなく、掌の形で持ち上げられている。
「なるほど、これは脅威的なスキルだ」
眼前いっぱいに広がる巨大な土塊。
それが人型で纏まり、こちらを睨みつけている……ような気がする。
「このまま握りつぶしてもいいが、逃げ惑え!」
放り投げられた。
高さにしてビル四階分くらいか? 直ぐに体勢を立て直して、小さなクレーターを作りながら着地する。脚へのダメージはゼロに等しい。
脱兎の如く駆ける。目標は巨大な土塊の頭部。そこに本体が居るという確証はないが、頭を吹っ飛ばして損はないだろう、という考えの下、目標を定めた。
「【シンクロ】」
“赫猛”。
滾り出る赤いオーラが、己が力を強化してくれる。
握った拳に全神経を注ぎ、一撃で吹き飛ばすつもりで拳を振り抜く。
「近付けると思うな」
巨大な拳が迫ってくる。
土であろうと、その質量は脅威的だ。無抵抗に攻撃を受ければ、脚への負担がかなりのものとなるだろう。
「【シンクロ】」
“赫猛”を維持したまま、“湧沸”を使用する。
目線は頭部に向けたままだが、“湧沸”は的確に拳――詳しく言えば手首を迎撃した。だが“湧沸”程度では、巨大な拳を破壊することは叶わない。
しかし濡らすことに意義がある。再び行使した【シンクロ】で借りたのは、亀之助の“水弾”。そこそこのスピードで手首に着弾した“水弾”は、“湧沸”によって湿った部分に命中し、大きく抉り取った。
手首という支えを失った拳は、その重量に引っ張られて、地面へと落ちる。落下スピードよりも、俺の移動スピードの方が速かったようで、巨大な土塊の下敷きになることは避けられた。
好機。左腕は未だに健在だが、俺の迎撃には間に合わないだろう。そんな証拠のない確信を基に、思いっきり地面を踏み切った。ある程度の空中機動はできても、あのサイズの拳を避けることはできない。つまり迎撃が間に合えば、なすすべなく落とされる……賭けというわけだ。
「――ッ」
左の拳が迫ってくる。
タイミング的に五分五分だ。もし頭部を破壊できたとしても、拳の動きが止まらなければ、大きなダメージを喰らってしまう。それでも割のいい賭けだと思う――思いたい。
土塊の重みが拳を襲う。手首よりもかなり固い。あまりに強く握り過ぎて、掌から血が垂れているにも拘らず、頭部は中々砕けない。
「はぁぁぁ!!」
それでも突き出した拳を引くつもりはない。
ヒビが入ったのが分かる。迫り来る土塊の拳が、天井に付けられた明かりを遮り、俺は影に覆われた。
「爆ぜろ!」
仕方なく、内側でメラメラと燃えていたエネルギーを、少しめり込んでいる拳から、一気に放出した。内部で爆発を引き起こすと、想像通り、人型土塊の頭部が爆ぜた。しかし拳は変わらずに動いていた。
「チッ――」
地面へと叩き落された。
脳が酷く揺れ、思考が定まらない。復帰できるようになるまで、ブルーノとの戦いを、江梨子とロジャースに任せることになるが、身体は鈍っていないよな……。
そんな希望的観測を胸に、江梨子とロジャースが立っていた場所を見上げる。
「ロジャース、お前が後衛でいいだろ?」
「……」
つまり江梨子が前衛ってことか?
ただでさえ頭が働いていないのに、変な発言は止めてくれ。脳が処理できずに、オーバーヒートしてしまう……。
アメリカナンバー2の実力が明らかに!?
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