第218話 信綱
赤いものが舞った。
それは暖かい。という域には収まらない、熱いもの――俗に言う炎だ。それが切断された腕から噴き出た血ではないことは、残っている右腕の感覚が見ずとも教えてくれる。
周囲への配慮を捨てた全力の火拳は、店長の腹部へと到達した。熱というエネルギーを孕んだ攻撃は、店長の身体を軽々吹き飛ばす。そのお陰もあってか、俺の右腕はかすり傷程度で済んでいる。
「危なかったな」
「良い攻撃だ。戦闘の才は、宗矩にも届くかもしれん」
「(宗矩?)それが誰なのか知らないが、俺に戦闘の才なんてない。一緒にされたそいつが可哀そうだ」
再び拳を振り抜く。纏った炎は時間が経つにつれて、火力が上がっているように見えた。今までそんなことが起きたことはない。つまりこの戦闘で成長している。漫画の主人公のような、ご都合主義な展開だが、今はありがたく享受しよう。
そんな火力の上がった“火拳”は、店長の身体に触れると同時に爆ぜる。爆発は店長の身体を吹き飛ばし、比較的生き残っていた店内を破壊した。
「店長、まだやるか?」
「ふぅ、もういいだろう」
立ち上がる店長。
“火拳”がクリーンヒットしたにも拘らず、目の前の店長は変わらずピンピンしている。最初に攻撃した時から思っていたが、店長の実力は【先駆者】にも劣っていないはずだ。それもスキルの強さではなく、己が技量でそこの域へと至っている。
そして店長が本気を出していれば、一瞬にして木っ端みじんにされていただろう。俺が生き残って居られているのは、店長が手加減をしていたから……つまり敵ではないということだ。
「それで、俺は店長のお眼鏡には掛かったのか?」
「ああ、十分だ。最低限、足手まといになることはないだろう」
「それで、店長の目的はなんだ?」
「レオンによる政治を打破すること……小僧も同じだろう?」
「ああ」
この店に入ったのは本当に偶々だったが、浴びせられた視線と雰囲気から、何となくこちら側の人間だと察していた。ただ、敵である可能性も捨てきれなかったため、戦闘は本気でやったけどな。
「ワシは信綱。しがない剣客だ」
「俺は悟、窪田悟だ」
差し出された右手を掴み、握手する。
触れた掌は、とても堅かった。人生の大半を剣へと捧げていなければ、到達できないであろう武の境地。手を触れただけで、それが伝わって来た。何度もマメが潰れることによって、作り上げられた強靭な掌は、ちょっとやそっとのことでは刀を手放さないだろう。
「それで、店長に仲間は居るのか?」
「いる。だが明かすことはできない」
「それで構わない。外から来た俺と違って、その仲間はここでの生活もあるわけだ。容易に情報を洩らさない方が、信頼できる」
「逆に問おう。小僧の仲間は、どれほどおる?」
「人間が二人――正確に言えば三人いるが、一人は戦闘に関して全く役に立たない。それどころか足手まといだ。あとは俺の従魔たちが、五人居る」
「なるほどな……」
確定とまではいかないが、要塞内の協力者を得られたことは、打倒レオンに向けての大きな一歩になっただろう。
「あの爆発に乗じて入り込んで来て、人混みではぐれてしまったのだろう」
「ああ、そうだ」
「であれば、その三人の内の一人は捕まっているかもしれん」
「――」
捕まる。一番最初に思い浮かぶのは、あのポンコツ気味の女だ。しかし悟空たち従魔と一緒に行動している以上、捕まった時に従魔との戦闘が起きるはず。それを知らないということは、江梨子か麗華の二択になる。
「あの騒ぎの時、警備の人間が人を連行するのが見えた。だが子供っぽい見た目だったから、違うのかもしれん」
「――いいや、そいつは仲間だと思う」
まさか江梨子だったとは……彼女ほどの実力者であれば、本来囚われることなんてあり得ないはずだが、人が多すぎたのだろう。強すぎる力は、周囲の人間を傷つけてしまう。だから大人しく捕まることを選んだ……あり得ない話ではないな。
「それで、何処に捕まっているのかは、分かっているのか?」
「ここから数キロ先にある監獄だろうな。生きておれば、そこに収容されているはずだ」
「なるほどな」
「……行くつもりか?」
「ああ。レオンと戦うには、アイツの力が必要不可欠だ」
こちら側の最大戦力である江梨子を失えば、レオンと戦うのは厳しいだろう。いつまで生かされているのかも分からない以上、できるだけ早く、助けに行く必要がある。
「……止めはしない、だが気を付けろ。あそこの看守長は親衛隊の人間だ」
「――っああ、分かった。気を引き締めて行くよ」
親衛隊と聞き、一気に気が引き締まる。
あれは本気で戦わなければ、簡単に命をこぼしてしまう敵だ。
皇居編の前半戦の終わりが近付いて来ています。
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