第217話 斬撃
パンチのフォームが同じであろうように、先刻と同じように刀で受け止められる。違う点は、直ぐに第二撃に移るということだろう。
一歩分身体を退く。これは蹴りをカバーしてのことだが、当然全く同じ攻撃が来るとは思っていない。距離を取ることで、【シンクロ】スキルを有利な状況で使えるようにする、というのが一番の目的だ。
今回借りる力は“湧沸”だ。狙うのは胴体ではなく、足元。そもそも俺が使える“湧沸”の威力と速度では、店長相手に致命傷を与えられるとは思っていない。動きの阻害が関の山だ。それでも最大リターンを得に行けば、有利な状況を作れる攻撃になるだろう。
「最低限の能はあると……だが経験が足りないな」
店長が刀を持っていない左手を、キマっている黒ベストの内側へと手を突っ込んだ。膨らんでいないため、銃ではないはず……しかし魔道具である可能性も捨てきれないか。
そのまま湧沸で足を引っ掻けることは簡単だが、大きなリスクを負ってしまう可能性もある。だが大きなリターンは、大きなリスクを覚悟しなければ得られない。
「むっ」
ベスト内から手が出る瞬間、“湧沸”を店長の足元へと伸ばす。
体勢が崩れる。手を抜くのが、ワンテンポ遅れた。今がチャンスだろう。再び接近しに掛かる。
今度は拳に火を纏う。だがそれだけではない。亀之助の力で、火の上から覆うことで、建物への延焼は防ぐことができる攻撃だ。
水に覆われた拳が、店長の腹部へと炸裂する。孕んだ熱が腹部で爆ぜるが、水で覆われているため、火花が外へと散ることはない。
「経験が、なんだって?」
店長を店の奥へと殴り飛ばした。確かな手ごたえはあったが、この程度の攻撃で倒せるような敵ではないことは、ここまでの手合わせで分かっている。
「老体を容赦なく殴りおって……年甲斐もなく、若造にムカついてしまった」
埃で姿がぼやけているが、刀身が輝いたのだけは見えた。
何か来る。刀を使った攻撃であることは予想できるが、それ以上は決めつけでしかなくなってしまう。飛ぶ斬撃なのか、縮地のような急接近による近接戦なのか、俺が思いつくだけでも複数の選択肢が存在している。
つまり考え出すのは不可能。ここで採るべき選択は、どんな攻撃が来ても耐えられる防御態勢に移ることだ。
「【シンクロ】」
“水盾”を作り出す。
それだけでは足りないと思い、湧沸で水量をかさ増しする。打撃や魔法系統に対しては、意味を成さないのかもしれないが、斬撃に対しては一定の効果を発揮してくれるだろう。これは希望でしかなく、心のどこかで受け止めきれないのではないか、とも思っている。
そしてその時がやって来た。
埃の中に見えていた刃の輝きが、一瞬にして横一文字に広がる。それは斬撃が飛ばされたことを意味し、光の速度には遠く及ばずとも、かなりの速度で迫って来た。体感速度的には一瞬で、事前に用意していなければ、間に合っていなかっただろう。
斬撃が“水盾”に触れる。水が大きく揺らぐ。
合わせて後ろへと跳ぶことで、その衝撃を限りなくゼロに減らしに掛かる。抜けてしまった。店長の斬撃は水の盾を破り、俺の腹部へと襲い掛かった。
「止めて来るか、小僧」
“水盾”と後退によって、斬撃のダメージは限りなくゼロに近かった。
だが事前に予想していたもう一つの攻撃方法、縮地のような原理による急接近も行っていた。一度の瞬きで、眼前へと移動してきている。
直に振られた刃を、“水盾”で止められるとは思っていない。後退も、既に壁と近すぎる距離まで来ているため、難しいだろう。
「くっ」
腕を突き出す。大量の水によって包み、切断されないように試みる。
甘い見通しだということは、俺が一番分かっている。しかし今の俺にできることと言えば、この程度の防御しかないのだから、仕方ないだろう。
「甘いのぅ」
振り上げられる刃。
世界がとてもゆっくりに見える。しかし見えているだけで、身体が速く動かせるわけではないため、腕が切断されるのを、ただ見ていることしかできない。
刃が水へと食い込んだ。多少の抵抗はあるだろうが、刀を振り抜けなくさせるような抵抗力は持っていないだろう。そんな予想通り、刃は一瞬にして腕へと到達した。
「……」
歯を食いしばる。
腕は諦めて、勝ち筋を考えておこう。失った命を引き戻す術はないのかもしれないが、失った腕を戻す程度であれば、何らかの術があるはずだ。
突き出している右手ではなく、左手に炎を灯す。狙いを腹部に定めて、無理矢理距離を取る。できなければ、敗戦への大きな一歩を踏み進めることになってしまう。
「火拳ッ!」
赤いものが舞った。
次回、店長との戦いが終わります
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