第216話 コーヒー
「ふぅ」
敵幹部の一人であろうペドロの追跡を撒いた俺は、新築の匂いを香らせる喫茶店にて、コーヒーをチビチビと飲んでいた。
苦みの中にある深い味わいを楽しみながら、今後の動きについて、一人考えていた。
数で圧倒的に勝っているレオン側に勝つためには、江梨子と麗華と合流することは必至。当然、たぬ吉たちとの合流が最優先事項だが、何度で言えば江梨子たちの方が難しいだろう。
たぬ吉は魔物。それもヒト型ではないから、このような人しかいない場所では、かなり目立つ存在だ。
「マスター、美味いコーヒーだな」
「……」
カウンター内でコップを磨いているマスターは、言葉ではなく首を振ることで応えて来た。それは何かを指す動きだったと思う。
そんな思考をしたからだろう。自然と目線が、マスターが指したであろう方向へと向く。
何かのビンがある。商品名が書かれているであろう物が巻かれているが、成分表らしき物がこちらを向いているため、それが何なのかは分からない。
中身が見えている下部へと目線を移動する。黒い。天井から入る光が反射して、詳しくは見えないが、粉っぽくて黒いことだけは分かる。
「あっ」
分かってしまった。
あのビンに入っているのは、コーヒーの粉。つまり俺がカッコつけて美味いと言ったコーヒーは、インスタントコーヒーだ。
「――」
恥ずかしい。あまりの恥ずかしさに、顔が茹蛸の如く赤くなっているのが、鏡を見なくても分かる。
店長は気を使ってなのか、一切こちらを見なくなった。隠れている身からすれば、とてもありがたいことなんだが……何だろう、恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
「……」
落ち着いてきた。
変わらず顔は朱に染まっているのだろうが、一般的な変化の範疇まで引いただろう。
じゃあ今後の動きについて考えるとするか。残っていたコーヒーを一気に飲み干し、冷めてしまったであろうパンケーキに手を付ける。
フワフワの生地をコーティングするようにかけられたメープルシロップは、程よい甘さで、口の中に残っているコーヒーの苦みを流してくれた。消耗し切った頭に糖分が染みわたり、冴えていくのが分かる。
「美味しかったよ」
結局、何も思いつかなかったが、十分な収穫はあった。
席から立ち上がり、店を後にしようとする。
「……小僧、勘定を忘れているぞ」
「悪いが、この要塞内においては無一文でね」
「なら別の対価を貰うぞ」
「支払えるものであれば、支払うよ」
「……お前が支払える価値のあるものは、その命だけだ」
衝撃が髪をふわっと持ち上げる。
それの発生元は、店長の刀と俺の拳がぶつかったことだ。最初から分かっていた。この店に入ったのは気まぐれだったが、入った瞬間からジロジロと観察されている感覚と、気を引き締めなければならないレベルの圧を感じていた。
だから最初から今この時まで、一度も気を抜かずに食事を楽しんだ。そう食事は楽しめたし、インスタントコーヒーの件は本当に恥ずかしかった。
そんなことを考えながら、一度飛び退いた。
刀にぶつけた拳を確認するが、痣はあれど血は流れていない。最低限戦えることは判明した。あとは技量と所有スキルで勝敗が決まってくる。
「【シンクロ】」
従魔たちとは、はぐれてしまったが、ゴン太と違って繋がりが切れたわけではない。そのため変わらず【シンクロ】を使うことができる。
あっ――視界を借りれば、たぬ吉たちの位置が分かるかもしれない。まあここを切り抜けられなければ、関係のない話になってしまうし、頑張らないとな。
【シンクロ】で借りたのは、毎度の如く悟空の“赫猛”。
床が抜けるレベルの脚力で、地面を蹴る。そんな勢いで放つのは、シンプルなパンチ。火を纏って、“火拳”を放つ方が火力は高くなるが、後々のことを考えると、シンプルなパンチが最適解のはずだ。
炸裂。かなりの速度で移動したはずだが、人の身体を殴った手応えはない。事実、殴れたのは刀のようだった。
「せっかくの店を、壊しやがって」
「うぐっ――」
身体が宙に浮く。
腹部へと蹴りが入ってしまう。
「ぶへっ――」
顔に拳がめり込み、吹き飛んだ。
壁を突き破ることはなかったが、大きな凹みが生まれている。
口元に流れる血を拭い、立ち上がるが、一瞬ふらついてしまう。頭が揺らされたからであって、一過性のものだとは思うが、早めに終わらせるべきだな。
「『老いぼれは生き残りと思え』誰が言ったのかは覚えていないが、的確な表現だったな
「……最近の若者は、スキルに傾倒して、技術を磨く術を知らないようだ」
「生憎、俺は若者って歳じゃねぇよ!」
再び店長の下へと駆ける。
先刻と同じ轍は踏まない。そもそも拳と刀とでは、圧倒的に拳の方が不利だ。こちらが卑怯な手を使っても、非難を浴びることはないだろう。まあ、殺し合いをしている奴が何言ってんだ、と言われるかもしれないが、これは気分の問題だ。
先刻と全く同じフォームで、全力で拳を振り抜いた。
某蝦夷金塊物語は、ほとんど知らず、複数人の囚人の皮に渡って、隠し場所が記されているということしか知りません。
なので、セリフの解釈違いがあっても、許してください。
これを機に読みます。
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