第213話 潜入! 皇居要塞
“湧沸”に囚われ、地面に押し倒されているゴブリン暗殺者。
その瞳に理性は感じられず、「自分は野生の魔物である」ということを伝えているように思えた。しかしそれが、どうにも怪しく、疑わざるを得ない。
暴れる。ジタバタと拘束から逃れようとしているが、背中に乗った悟空が、四肢以外を動かすことは許さない。短剣を取り上げ、嫌だったが身体を弄ったため、武器がないことは分かっている。魔法のような力を有しているのであれば別だが、この個体は有していないだろう。そう断言してもいい。
「どうしたものか……」
殺すのは簡単だ。
剣で首を刎ねれば良いだけのこと。しかし殺してしまった場合、得られたはずの情報が得られなくなってしまう。そもそも情報なんて存在していない可能性や、放置したことが災いして、俺たちに不利益をもたらす可能性だってあるため、どちらを選んでも損がある可能性が捨てきれないという、賭けに出なければならない。
生かすという選択。俺は今後訪れる災いよりも、敵を知ることができる可能性に賭けた。これでこのゴブリン暗殺者が、天文学的確率を超えて、奇跡を引き起こした野生の魔物だった場合、全ての葛藤は無駄に終わってしまうが、そちらの方が良いのかもしれないな。
普通のロープでゴブリン暗殺者の身体を縛り、お目付け役として悟空を付けた。近接戦闘に秀でている悟空であれば、もしもの時も安全だと考えてのことだ。
「要塞の監視に戻らないと――」
ゴブリン暗殺者の方に向けていた目線を、再び要塞の方へと戻した。
変わっていた。何が変わったのかは分からない。しかしその光景に、酷く違和感を抱いてしまった。
一度違和感を抱いてしまった以上、意識は違和感を探る方へと持っていかれてしまう。こうなっては、監視をすることもままならない。
「悟」
「江梨子、戻って来たか」
「ただいま」
二人に異常を伝えようかと思っていたら、丁度いいところで江梨子が帰って来た。それに遅れて麗華も帰って来たため、非常時のために持たされている魔道具の一つである、使い捨てトランシーバーを使わずに済んだ。
違和感のことは一度忘れよう。今考えるべきことは、江梨子と麗華が得て来た情報を基に、これからの潜入に向けての作戦を立てることだ。
「それで、監視の目が甘いところはあったのか?」
「いや、ないな。どこも同じ程度の監視が立っていた。とはいっても、実力者である雰囲気はなかったから、突破しようと思えばできるだろうな」
「こっちも同じ」
「そうか……」
二人の情報から分かったことは、何処を攻めたとしても、攻略難易度にそこまでの違いはないということか。
「それで、悟の方は何かあったみたいだが?」
江梨子が指さす先には、ロープによって縛られているゴブリン暗殺者が居る。暴れ疲れたのか、とても大人しく、俺たちの裁断を待っている様子だ。
「こいつは、ウチの従魔たちの警戒を掻い潜って、女のことを殺すわけではなく、人質に取ったんだ。そこが引っ掛かって、念のため捕えたって訳だ」
「なるほどな……これが敵による攻撃なのか、単なる野生の魔物なのかを、私たちが知る術は今のところ存在していないし、始末して良いんじゃないか?」
「……それもそうだな」
抜剣。一度剣先を向けてみたが、一切抵抗がない。野生の魔物では考えられない行動で、さらなる疑念を深めることになったが、情報を得る術を持ち合わせていない事実は変わらないため、剣を振り抜いた。
刎ねられた首が落ちる。命を刈り取られたというのに、その瞳には希望が見えた。穏やかな瞳は閉じられ、司令塔を失った身体はその場に崩れ落ちる。
「……」
何とも言い難い空気が流れる。
この気まずい沈黙は居心地が悪く、いい意味で空気の読めない人材を欲す。この場には最適の人物がいるはずだが、人質に取られてからは、殆ど口を開かなくなってしまったため、希望は薄いだろう。
そんな気まずい沈黙を破ったのは、女の空気を読まない一言でも、魔物の襲撃による物でもなかった。
「なっ――」
鼓膜を割らんばかりに響く爆発音。
それの発生源は分かりやすいように、自己主張をしていた。皇居要塞内からモクモクと出ている黒煙。それは鍛冶による物でも、生活によって吐き出されている物でもないのは、誰が見ても明らかだ。
「……今がチャンスだと思うが」
「……同感」
「じゃあ行くか。悟空は、その女を頼む!」
「ゴリ!」
一か八かの賭けに出た。
得られる報酬は、潜入成功という大きな戦果。代わりに失敗した際の代償は、相手の警戒心を上げさせ、潜入難易度を酷く難しくしてしまうことだろう。
門が見えて来た。人の気配はない。爆発の対処に、応援として駆り出されているのだろう。
あと一歩。要塞内へと足を踏み入れた。
刹那、鼻に火薬の臭いが香った。鼓膜が破れたのだろう。世界から音が消え、視界は真っ白に包まれた。
ようやく皇居編が始まったと言っても良いでしょう。
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