第212話 息を殺す者
あの人類の天敵と言っても過言ではない虫を模した、最低最悪の魔物を倒してから、三日程度が経過した。あれからバレないようにと、進むスピードが極端に落ちたわけだが、無事に皇居要塞が目視できる距離まで近付くことができた。
しかしここからが一番の難所だ。
これから俺たちがやるべきことは、まず要塞の全貌を知ること。これをしなければ、潜入に最適な経路をミスってしまうだろう。
「じゃあ散開して、探すか?」
「そうだな。私と麗華は一人で、悟は彼女と従魔たちと頼むぞ」
「……ああ、分かった」
一言二言文句を言いたくはあったが、これが最適解であることは俺も分かっているため、無理矢理呑み込んで、愚痴を垂れることはなかった。
従魔を分散させて、捜索することができれば一番いいのだが、俺が居ないと連携がだいぶ悪くなってしまう。そのため俺は従魔と女と一緒に、少し離れたところから、要塞を観察する役目を担うことになった。
「ねぇ、サボっていていいの?」
「俺たちは目立つから、あいつらに任せた方が良いんだよ。俺たちは要塞の様子を観察しているから、サボっているわけじゃねぇ。サボってんのはお前だけだ」
「えー、私はサボってないよ。周囲を警戒するって、最重要任務を担ってるって」
そう言う女だが、何処からか崩れ落ちたであろうコンクリに腰を下ろし、宙に浮かんだ足をブラブラと、子供のように振っているその姿は、周囲を警戒している人物とは思えない行動だ。
そんな女のことは無視して、要塞の方へと目線を戻す。
背後の警戒は従魔たちがこなしてくれているため、俺は要塞だけに集中することができる。決して、女の功績でない事だけは、ここに明示しておこう。
要塞からモクモクと浮かぶ煙は、昼夜関係なく出てきている。それが一般的な生活によって出てくるものだとは思っていない。
鍛冶、何か武器を作る際に排出している煙。それが本当かどうかは分からないが、最悪の事態を想定しておくのは大切なことだ。
「あっ」
煙の量が増えた。
これは一過性の煙だと思うため、住民の生活によって生み出された煙なのだろう。俺たちにとって緊急性がある、重要な煙だとは思えない。
だから江梨子たちに報告することはなく、要塞の観察を続けることに決めた。騒ぎが起きているようには見えないから、まだ二人は発見されていないのだろう。まあ発見されてからでは遅いから、俺にできることは限りなくないに等しいのだが……。
「ポン!」
後ろから聞こえて来た鳴き声に、抜けかけていた気が一気に引き締まる。
俺は拳を強く握り、後ろへと振り返った。そこに立っていたのは、女のことを人質に取っている、ゴブリン暗殺者だ。首元には短剣が突き付けられており、俺たちに動くなと言っているようであった。
「……随分ピンポイントだな」
それは疑いだ。この魔物が野生の個体であれば、ボロボロでも地上より高い場所に俺たちを発見し、バレることなく、最後方に居た悟空ではなく、真ん中あたりに居た女のことを的確に狙って、うちの従魔の索敵を掻い潜って接近し、直ぐには殺さずに脅すという動きを、希薄な意思の下、行われたということになる。
そんな流れるプールでバラバラの時計が完成するような、天文学的確率を乗り越えたとは、誰であっても思わない。現実は、稀に奇跡と呼ばれる現象を引き起こすため、ゼロだとは言い切れないが、ゼロに限りなく近い奇跡とは言って良いだろう。
このゴブリン暗殺者が何者かに操られていると、言われた方が十分納得できる。以前、【テイム】スキルをギルドに登録した際は、未発見のスキルだと言われたが、それから発見されていないとは言い切れないし、そもそも【テイム】に似ているスキルがないとも言い切れない。
つまりだ、このゴブリン暗殺者は操られているという前提で、これから俺は動かなければならない。
「どういう目的だ?」
「グギャ」
握っていた拳を解き、銃口を向けられた時のように、無抵抗を表すために両手を挙げる。
しかし返って来たのは、知性の欠片も感じられない、ゴブリンの威嚇のような鳴き声だ。
どうするべきだ。従魔たちと同時に動けば、女に被害を出さずに救い出すことは可能だろうが、裏で糸引いている存在が気になって、そう単純にはいかない可能性の方が高いはずだ。
「――」
俺は動くことを選んだ。
地面が抉れるレベルで踏み込み、ゴブリン暗殺者の足元を揺らした。元がボロボロだったことで、揺らすのにそこまでの力はいらない。そして従魔たちも一斉に動き出し、女を救い出しに掛かった。
「グギャ!」
揺れたことで一度離れた剣先が、再び女の首筋へと向けられる。だが、たぬ吉の“湧沸”がゴブリン暗殺者の腕を絡め捕る方が、ワンテンポ速かった。
――カラン
短剣が地面に落ちる。静寂にその音は酷く反響し、何処までも届いているのではないかと、錯覚してしまう。そんなことはあり得ない現象だと、分かっているのに……。
「大丈夫か?」
「うん、全然大丈夫」
人質にされたにも拘らず、女は酷く冷静な様子だった。
【テイム】スキルは、悟の物が一番最初に発見されたもので間違いないです。
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