第211話 カサカサ
「どうする、江梨子」
「嫌悪感がなければ、時間を掛けて磨り潰せばよかったが……無理だな」
江梨子は俺たちの様子を見てから、無理だと決めつけた。
確かにあれの群れは、長い間見ているとSAN値がゴリゴリと削られてしまうだろう。要塞側の人間にバレるリスクと、SAN値が削られるリスクを天秤に掛けたら、キレイに釣り合うだろう。それだけ、あれは厳しい敵だ。
「じゃあ麗華、頼めるか?」
「分かった」
あれがやって来たからと言って、四足六手を倒したわけではない。
四足六手のことを拘束中の江梨子に、あれの討伐を無理に頼むのはあまりよろしくないだろう。
麗華はその場でしゃがみ、掌を地面に当てた。
着実に距離を詰めて来ている黒い群れへと、地面から生える巨大な氷塊が突き刺さる。と言っても、言葉通り刺さった訳ではない。その圧倒的質量によって、黒いそれを吹き飛ばしていた。
先頭を陣取っていた個体は、質量と勢いによって致命的なダメージを負い、地面へと墜落していたが、過半数が直ぐに復帰していたため、あまり有効的な攻撃だったとは言えないだろう。
「……めんどう」
空気が変わった。世界が冷える。
そんな気象すらも変える麗華の力。“絶氷の薔薇姫”と呼ばれるようになった所以である、最強の氷の力だ。
全ての個体が落下する。冷気によって体内にある全ての臓器の機能が停止し、宙に浮かぶ術を失った魔物たちは、地面に落下するしかなかった。ゴロゴロと地面に転がるそいつたちは、機能が停止しているだけで、死したわけではない。トドメを刺さなければ、何時の日か復活するだろう。
「放置していくのか?」
「……いや、ここで仕留めておこう。要塞を乗っ取った時に、こいつらが襲い掛かってきたら、面倒なことになりそうだ」
「そうか。じゃあ仕留めに行くか」
行く、と言ったが、わざわざ近付くわけではない。
そもそも俺の攻撃手段では、あの装甲を突破できるかどうか分からないため、麗華に頼むが最適解だ。
「じゃあ麗華、頼むぞ」
「分かった」
刹那、地面に転がる黒いあれたちが、一斉に発火した。
それも凍り付いた内臓が発火点であり、生物としての機能が全て破壊されたと言っても過言ではない攻撃だ。
「相変わらずヤバい攻撃だな」
「でも格上には効かない」
「……麗華の格上なんて、世界に何人いるんだよ」
俺の呟きは、麗華の耳には届かなかったようで、焼け焦げた黒いあれの下へと向かってしまった。元が黒いため、焦げているのかどうかは分かりにくくなっているが、あれほどの火に炙られたら、いくら生命力の強いアイツであっても、死んでいるはずだ。
そもそも死んでいなかったとしても、麗華であればどうとでもなるだろう。そんな楽観的な思いがあり、俺の目線は空に持ち上げられたままの四足六手へと移った。
あの黒き軍団を見た後では、四足六手に対してそこまでの嫌悪感を抱くことはなくなった。今になって思ったが、この戦いで、俺は何もできていない。
「俺がやっていいか?」
「構わないぞ」
「じゃあ行ってくる」
跳躍。
四足六手たちは、かなり高度のある場所に居るため、全力で地面を蹴らなければ届かなかっただろう。その際に発生した衝撃波は、気配を殺していた女のことを吹き飛ばしていた。
しかし特に気にする必要はない。今気にすべき相手は、宙に浮いている四足六手たちだけだ。
拳に火を灯す。全ての個体を一掃するとなると、素の一撃では到底火力が足りないだろう。“赫猛”によって膂力を上げる。しかし足りるかどうかは、五分といったところだ。
「“火拳”」
だが俺にできる全力は、ここまでだ。
振り抜いた拳は、一番近いところに居た四足六手の身体を捉える。同時に火力を上げた。一瞬だけ火力を上げることによって、体力の消耗を極限まで下げることができる。
しかしそれでも体力の消耗をゼロにすることは難しく、全ての個体を倒す頃には、かなりの体力を消耗しているだろう。
「あと一体」
俺は宙に浮かんでいるわけではない。江梨子の風の力を借りて、何もない空間を蹴っているに過ぎず、拳の威力はそこまで減っていない。
そして最後の個体。拳に纏う炎の火力を最大まで上げ、一気に振り抜いた。四足六手の身体は風の檻を突き破り、地面へと叩きつけられた。合わせて俺も地面へと落ちる。
叩きつけられたとしても、そこまでのダメージはないんだろうが、普通に痛い。だから江梨子、助けてくれないか。と思いつつ、声に出すことはない。自分から飛び出しておいて、助けを求めるのは、なんだかダサいからな。
そんな風にカッコつけていたら、俺の身体は地面へとめり込んだ。
痛い。涙は出ないが、普通に痛かった。
次回、再び要塞へと辿り着きます
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