第209話 バターご飯
結局俺がタイミングを見逃すことはなく、女の手によって米は炊き終わった。蓋を開けた瞬間、飯盒から覗くのはツヤツヤとした白米。日本の心とも言える白米を前にして、久方ぶりに心が躍っている。
作った張本人である女も目を輝かせて、完成した白米のことを見つめていた。初めての料理――とまでは言い過ぎかもしれないが、初めてキレイに米が炊けた時は俺も同じ反応をしていたと思う。
「率直に、今どんな気持ちだ」
「……」
質問の答えを考えている様子で、俺の顔を見つめている。
十秒程度の時が経過したところで、閉ざしていた口を開こうとした。しかし別のところから邪魔が入り、再び口を閉ざしてしまう。
「ご飯作ったの?」
「ああ。でも作ったのは俺じゃなくて、こいつだけどな」
起きたばかりであろう麗華が、眠そうに目を擦りながら、こちらへと歩み寄って来た。
米を炊いたのが俺じゃないと分かると、眠気で細くなっていた目が、過去に見たことないレベルで見開かれた。その行動から、麗華から女に対してのイメージがある程度分かる。
「……」
「なんですかその目は。私が料理できないと決めつけてたんですか?」
「――」
麗華は何も言わずに、首を縦に振ることでその意志を伝える。
そもそもコイツは料理ができない。なんで見栄を張っているのかは知らないが、ここで俺がツッコミを入れなければ、麗華にいらぬダメージを負わせることになってしまう。
「事実できないだろ」
「分からないでしょ。私一人で挑戦するまで、その答えはシュレディンガーの猫。できる可能性もできない可能性も存在しているでしょ!」
「……確かにそうだな」
やらせれば、簡単に答えは出る。
しかし食料が貴重になってしまった今、失敗する可能性が高いコイツに使わせるわけにはいかない。シュレディンガーの猫状態は、安定度の高い生活基盤が完成するまで続いてしまうだろう。
「まあいいや。これからも料理のメインは俺がやるから、気にしなくていい」
「なら安心」
「で、江梨子はまだ寝ているのか?」
「うん、起きる気配はなかった」
「……まあ寝かせておくか。先にご飯を食べるぞ」
飯盒の米を茶碗へとよそう。
飯盒内でも輝きを放っていた白米は、茶碗へと移ったことで、その輝きに一段と磨きがかかる。純白の輝きを放つ粒だった米は、ただでさえ空いたお腹を、酷く刺激してきた。
――グゥ~
重低音。誰の音か、この場には三人いるため、本人しか分からない。ここで指摘するような、無粋な真似はしない。
「そんなお腹空いてるの」
俺はという枕詞を付けなければならなかったようだ。
そんな無粋なツッコミをしたのは、これまでの行動からも分かるように、だいぶ常識からかけ離れた感性を持っている女だ。そして俺でも女でもないことが判明したことで、音の主が麗華であるということが判明してしまった。
自然と、目線がそちらを向く。
視線を集めた麗華の表情は、いつものように感情の起伏が少ない真顔に近いものであったが、内なる感情を表すかのように、その無の表情に赤い感情が浮かび上がっていた。
「……食べよう」
「そうだな」
なんだか微笑ましくなった。
キャンプ用の椅子を人数分取り出し、各々腰を下ろす。
手には茶碗と箸がある。おかずは用意していないが、俺たちには高級バターがある。贅沢に大きな欠片を、全員の米の上へと乗っけた。
「じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
バターを割り、一口分の米の上へと乗せる。
米の熱は段々とバターを液状へと変えていき、食感に変化が起きて行く。一口目。ほぼ固形だが、その濃厚さとバターの風味が米のポテンシャルを最大限に引き出し、食欲を増幅させていく。
「……」
「……」
反応が気になり、一度顔を上げてみる。目は合わない。二人とも米に夢中で、上を向く暇なんてないといった様子だ。そしてそれは俺も同じ。直ぐに米へと目線を戻す。
二口目。程よく溶けたバターは、米へと染みこんだ。別の物として口へと運んだ時よりも、一緒になってから口へと運んだ時の方が、その濃厚さをより実感できる。
そこからは一心不乱で米を口へと運んだ。何かを考えている暇もなく、ただバターと米のマリアージュを味わうことにしか、思考が向くことはなかった。
数分後、正気を取り戻した時には、たくさん炊いたはずの白米は、キレイさっぱり三人の胃の中へと消えていた。
「おはよう、何食べているんだ?」
「ポン!」
「……あっ」
今起きたばかりであろう江梨子と、ずっと起きていたたぬ吉たち従魔がやって来た。米はない。
「なんだ?」
二度目の飯盒炊飯は、俺一人で済ませた。
ちなみに俺が火を管理している間、二人はバターご飯の余韻を存分に楽しんでいたらしい。
ご飯話が長引いて、次回から要塞へと向かい出します。
とある作品を読んだら、この話を作りたくなりました。
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