第207話 絡みの一幕
目の前が真っ暗になった。
瓦礫に呑まれたからではない。この女が関節技を解いて、俺の目を塞いできたから、真っ暗になっただけだ。
関節技を決めて来なくなった以上、俺が身動きを取らない理由はない。目を覆う女の手を掴む。俺や江梨子、麗華のような戦闘によって固くなった皮膚とは違い、とてもモッチリとしている手だ。キモイ表現だというのは分かっているが、思ってしまったことは仕方ないだろう。
しかしいい感触だからと言って、ずっと掴み続けるわけにもいかない。意識がないとは思えない抵抗感を覚えるが、無理矢理目元から退かす。開けた視界には、倒壊したビルの残骸が転がっていた。
そこに残骸が広がっているということは、無事に抜け出すことができたということ。安堵で身体から力が抜ける。悟空に抱えられているから、身体から力が抜けても、これといった問題が起こることはないが、あまりよろしいことではないだろう。
「ありがとな、悟空」
「ゴリ!」
俺たちを抱える屈強な腕を撫でる。
比べ物にならない太さ。そんな腕だからこそ、感じられる安心感。子の感想に他意はない。シンプルな感想に過ぎず、変な意味は一切含まれていない。
倒壊したビルから脱出した俺たちは、江梨子や麗華の下へと向かう。
起床してから少なくない時間が経過したはずだが、二人は起きているのだろうか。無理に起こすつもりはないが、そろそろ起きて来てもいい時間のはずだ。
そんな予想をして帰って来てみたが、二人はまだ夢の中にいるようだ。これが半日ほど続けば、敵の状態異常を疑う必要があるが、まだ今の時間だと常識の範疇だろう。
「メシでも作るか」
「ゴリ!」
俺の声が聞こえたのか、少し離れたところに居たタマたちも一斉に駆け寄ってくる。この一面だけを切り取ると、以前の日常が帰って来たのではないかと錯覚してしまうが、未だに俺の身体に張り付いている女が、それが仮初の日常であることを主張して来ていた。
そして俺と女は、悟空にお姫様抱っこをされたままだ。これは俺が怠惰だからという訳では、断じてない。
「……悟空、この女ごと、俺のことを放り投げてくれ」
「ゴリ?」
「ああ、気にせず投げてくれ」
願いは聞き入れられたようで、女と俺は絡み合ったまま、宙へと放り投げられた。自由落下。関節技を決められていなくても、身体を絡め捕られている以上、受け身を取るのは難しいだろう。
流石に下敷きにするのは、良心が痛むため、下側に回る。
叩きつけられた、と言っても重力によるものなので、そこまでのダメージはない。しかし女が受けた衝撃は、確かなものだったようで、驚いた様子で目を見開いていた。
「ここは何処、私は誰?」
「知らん。元からお前の名前なんか知らねぇ」
「……」
「……」
女は急に黙った。
自然と至近距離で見つめ合う形になった訳だが、こいつ相手に恋が芽生えることはない。確かに端正な顔立ちをしているが、中身が残念過ぎる。いくら容姿が良かろうと、中身がダメなら、宝の持ち腐れでしかない。
これは俺の持論でしかなく、見た目一点で仲を深めた人のことに、とやかく言うつもりはない。そもそも他人の色恋沙汰なんて、一切興味を持てないだろ。
「……そろそろ解放してくれないか?」
「――っセクハラ!」
今度は避けられた。
何を避けられたのか説明せずとも、誰もが分かるはずだ。この女の得意武器……かどうかは知らないが、俺を一度KOへと追い込んだ、強烈なビンタ。それが空振った。肌を撫でた空気が、その威力を物語っている。
しかしビンタを振り抜いたということは、俺を絡め捕っていた内の片手が空いたということだ。逃れるチャンスだと、身体を動かす。
簡単に抜け出せたわけだが、女の顔はとても不満げだ。意味が分からない。こちらは関節技を掛けられて、囚われ続けた被害者だというのに、こちらが不満げになれど、そっちが不満げになるのは違うだろ。
「なんで不満げなんだよ」
「ビンタ避けないでよ」
「いや、避けるだろ。一回気絶している攻撃を避けない理由なんて、何処にも存在していないだろ」
「それでも……」
「これからメシを作るんだ。これ以上絡んでくるなよ。大人しくしていたら、お前の分も作ってやるから」
返って来たのは感謝の言葉ではなく、疑惑の視線だ。
言葉にはなっていないが、何となくそれが意味していることは分かる。お前みたいなのが料理なんてできるのか、という疑念だろう。
確かに手の込んだ料理はできない。しかしこういった場面でこそ、輝きを放つキャンプ料理に関しては、そこら辺の人以上にできる自信はある。
「見てれば分かる」
焚火を作る。自分で火を操れるようになったことで、簡単に焚き火を作れるようになった。スキルをこういう風に使うやつは、少数派だろうな。俺の場合はスキルによる力ではないが。
物語的には全く進んでいませんが、着実に要塞へと近付いてはいます。
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