第206話 寝相が悪い
目が覚める。俺が一番乗りだったようで、江梨子と麗華は隣で眠っている。と言っても従魔たちはみんな目覚めているようで、周囲にはいくつかの魔物の死体が転がっていた。
「たぬ吉、あの女は何処に行った?」
従魔たちに囲まれていた女だが、元々眠っていた場所にその姿はなかった。何となく寝相は悪いんだろうなと思っていたから、元々の場所から少し離れた場所まで確認をしていたのだが、その姿を一向に見つけることができなかった。
一緒に眠っていたはずのたぬ吉に聞くと、その答えは直ぐに返って来た。モフモフでずんぐりとした腕が、とある一方向へと向けられる。それは倒壊寸前のビル。
ダメージを負うことはないと分かり切っていても、近付きたくないボロボロのビルに、あの女が居るだなんてとても信じがたい。しかしたぬ吉が不確実なことを伝えて来るとは思えないため、それが真実なのだろう。
念のため軽く準備運動を行ってから、ビルへと向かった。
入った瞬間から頭や肩へと、砂埃がボロボロ降りかかる。汚い。危険とかよりも、そんな日常的な感情を抱く俺は、だいぶ成長したのだろう。
「……本当にここに居るのか?」
「ポン!」
たぬ吉の言葉であっても、あの女がこんな所に居るなんて、とてもじゃないが信じられない。
近くにあったボロボロの柱に、軽く触れてみる。触れるというよりも撫でただけでボロボロと崩れた。この柱なんて、軽く小突いただけで真っ二つに折れるだろう。
こんな場所に居るのなんて、正気の沙汰じゃない。俺や江梨子、麗華であれば倒壊しても生き残る術を持ち合わせているから、ここに居ても可笑しくはないのだが、アイツは生き残る術を持っていないはずだ。
何か策を以て、ここに居るのだと信じているが、もし何もないのであれば、肝の据わり具合が化け物だ。
「……ほんとにいた」
何かのオフィスが入っていたであろう、少し開けた場所に女はいた。
機能と価値を失ったパソコンを横に倒し、いくつも並べて、それをベッドとして活用している。全くもって意味が分からない。
「おい、こんなところに居たら、死ぬぞ」
「――」
酷いいびきだ。先刻まで静かだったから、話しかけたのがいびきのトリガーになったんだろうが、それにしてもうるさ過ぎる。どれくらいうるさいかというと、あまりにうるさ過ぎて、建物が揺れているくらいだ。これは比喩じゃない。本当に建物が揺れている。
そろそろ起こさないと、本当にヤバそうだ。
「――ッ!?」
無理矢理にでも起こしに行くつもりで、近付いてみたが、身体を絡め捕られた。関節を決めに来ている。膂力の差は圧倒的のはずだが、どう身体を動かしても、女の関節技からは抜け出せない。
「たぬ吉、悟空を呼んできてくれ。できるだけ早く頼む」
「ポン!」
たぬ吉の背中がドンドンと遠くなっていく。
見えている天井が、微量に揺れている。床からは揺れは感じられないため、この揺れは地震ではなく、建物が倒壊する予兆なのだろう。恐怖はない。あるのは面倒くささだ。
このビルが倒壊したところで、俺は死なない。だから俺だけが生き延びればいいのであれば、このまま時が過ぎるのを待つだけでいい。
しかしこの女は確実に死ぬ。それを許すわけにはいかないため、悟空たちを巻き込んででも、この女を救い出す必要があった。
「痛ッ」
関節がさらに決まった。
何とか叫びを呑み込んだが、これ以上決められると、絶対に叫んでしまう。起きているんじゃないかと疑いたくなる。褒めているわけではないが、こいつの関節技は完璧。膂力が圧倒的に強い相手に、全く解かせない関節技を決める、それも寝ている状態でなんて、プロの格闘家でも難しいはずだ。
――バキッ
不吉な音が鳴った。
それが建物の悲鳴であることは、勘の鈍い奴でも分かるだろう。制限時間は、確実に近付いて来ている。
「関節技を止めて、起きっ――」
何度か声を掛けているが、その瞬間に関節を強く決めに来るため、最後まで声を掛けられたことはない。
――バキッバキッ
過去最大の不吉な音。
それは悟空の足音共に齎された。希望と絶望。相反する二つの感情が、胸の底から湧き上がって来ている。倒壊するのは時間の問題、俺たちが脱出できるかどうかは、抱えて逃げることになる悟空に掛かっているだろう。
「ゴリ」
「このまま俺たちを持ち上げて、ビルの外へと運んでくれ」
「ゴリ!」
抱えられた。変わらず関節は決められているが、俺が我慢して、脱出してから怒りを爆発させればいいだけだ。
走る悟空。ハイペースで鳴る不吉な音。入口まで残り十数メートルのところまで来た。
――バキッ
その音はこれまでとは違い、この建物に終止符が撃たれた音だった。降り注ぐ大量の瓦礫。目の前が真っ暗になった。
創作物ではよく、寝ているヒロインが関節を決めたりするわけですが、この作品も例外ではありません。違う点を挙げるとすれば、ヒロインだとは言い切れない点でしょうか。
ブックマークと★★★★★をお願いします




