第205話 睡眠
目が覚める。
眼前に広がるのは、満天の星空。空を股に掛ける天の川は、感動を齎してくれる。ビンタによって気絶させられ事を忘れる程度には、感動していた……こんなことを考えている時点で、忘れられていないのだが……。
横で座りながら眠っている江梨子と麗華。名前を知らないアイツのことを探してみたが、寝転がっている状態で見える場所には居ないようだ。
二人のことを起こさないように、静かに上半身を起こしたが、微かな空気の揺らぎで二人は起きてしまった。
「起きたのか」
「どのくらい経ったんだ?」
「半日も経っていないだろう。ただのビンタで気絶するとは、情けないぞ悟」
「仕方ないだろ。いいところに当てられて、脳を揺らされたんだ。それに敵を前にしたら、あんなに油断することはない」
子供の言い訳のようになってしまったが、事実あの時の俺は戦場では絶対にすることのない油断をしていた。それがアイツの雰囲気のせいなのか、俺自身に問題があったせいなのかは分からない。だがどちらにしても今後同じことを繰り返すことはないはずだ。
それにしても上半身を起こしても、気絶した原因であるアイツの姿を捉えることができないとは……何処に居るんだ?
「あの女は何処に居るんだ?」
「あそこ」
麗華が指さしたのは、少し離れたところで纏まって寝ているたぬ吉たちの方だ。確かにそこはたぬ吉たちの身体で、死角が生まれていたが、ウチの従魔がアイツのことを囲っているとは思えず、初めから除外していた。
信じられない、という気持ちを胸に抱いたまま、立ち上がってたぬ吉たちの下へと向かう。
そこで眠っている従魔たちは、皆大きな寝息を立てていて、ここが安全地帯なのだと錯覚してしまう平和具合だ。
「マジかよ」
ウチの従魔たちは、あの女を囲い、守るような体勢で眠っていた。
そして中央に居る女は、口元から涎を垂らし、服がぺらりとめくり上げてお腹を露出させ、ポリポリと尻を掻いている。
おっさん。初見の感想は、見た目麗しい女性へ抱いたものとは、全く思えない感想だった。
「……おい、起きろ」
尻を軽く蹴とばす。
なんだかデジャヴを感じ、咄嗟に防御の構えを取ったが、ビンタが飛んでくることはなく、怯えた様子で周囲を見回す女の姿があるだけだ。
ビンタが飛んで来ないことに拍子抜けしたが、本来ビンタというのはそう簡単に飛んでくるものではないため、既にこの女に毒されてしまっているのかもしれない。
「良く寝ていられるな。その腹を仕舞え」
「せ、セクハラっ!?」
「ちげぇよ。お前みたいな奴にセクハラなんてするか。それに親切に伝えてやっただろ。勘違いで糾弾するな」
「……ごめんなさい」
「……はぁ、不満げに謝罪されても、って言いたくなったが、まあいいだろう」
謝罪は口にしたものの、その表からに謝るという気持ちは感じられず、あるのは、どうして自分が謝らなきゃいけないんだ、という不満の感情だけだった。
まあコイツが素直に謝ってくるとは、端から思っていなかったため、特段ムカついたりすることはなく、スルーすることができた。
「朝まで進むのは止めるから、おやすみ」
「……なんで起こしたのォ!!?」
背後で叫ぶ女のことは無視して、江梨子と麗華の下へと向かう。
二人は先ほどまでと同じように、座ったままだ。俺も元々寝転がっていた場所に座ると、三人で向かい合うような形になる。
「明日から、また皇居を目指すわけだが、あの女はどうする? 俺が仲間にしておいてなんだが、あれは絶対に問題を起こす。それも最も重要な場面で、取り返しのつかない大きな問題をな」
「そんなことは私も分かっているが、連れて行くと決めた以上、何もなく切り捨てるのは、悟の信条的に許されないのだろう?」
「……まあな」
俺たちとあの女は、制裁があるタイプの契約を結んだわけでも、血の盟約を誓ったわけでもなく、切ろうと思えば簡単に切れる関係でしかない。
だから不利益があるからと、切り捨てることは簡単にできる。しかしそんなことをすれば、俺たちのことを駒としてとしか見てこなかった、あのクソみたいな会社の奴らと同じ穴の狢となってしまう。
「あの要塞内でどんな生活が送られているのかは分からないが、一般人であるあの女は、俺たちを隠すカモフラージュになってくれる……はずだ」
「……イカレてるから、目立つかもしれないがな」
「仕方ない。私たちよりも目立つことはない……はず」
「はぁ、仲間に引き入れた以上、あの女を切り捨てるつもりはない。これが共通認識でいいよな?」
「ああ」
「うん」
一瞬、たぬ吉たちに囲まれている女の方へと目を向けたが、とても表現のしにくい寝姿をしていたため、直ぐに目を逸らした。
見た目は人の魅力における一要素でしかないというのが、あの女を見ているとよくわかるな。
「じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
俺たちは横になる。
テントなんて張っていない。フワフワとしたマットレスを地面に敷き、隣り合って眠るだけだ。
たぬ吉たちはどうして直ぐに心を許したのでしょうか?
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