第204話 デメリット
名前の知らない人が仲間になったわけだが、空気は一気に好転した。彼女の天然さは、殺伐としていた俺たちに和やかな空気を齎し、何処か曇っていた気持ちが晴れたような気がする。
しかし彼女の天然さはメリットだけでなく、大きなデメリットも齎していた。そのデメリットのせいで、俺たちは全力疾走するはめになっている。それも皇居方面ではなく、東北方面へと走っていた。
「はぁはぁ、なんで忠告されたのに、手を出すんだよ!」
「はぁはぁ、やるなよって言われたらやるでしょ!」
「はぁはぁ、冒険者のやるなよはフリじゃないんだよ! それでやるのは芸人だけで良いんだよ!!」
俺や江梨子、麗華から再三忠告されたにも拘らず、この女は規格外の魔物の群れへと石をぶん投げやがった。全く意味が分からない。自分の命を賭けてまで、好奇心を満たそうとする人がいるなんて、全くの想定外だ。きっと大人より好奇心が旺盛であろう子供であっても、石を投げることなんてなかったはずなのに。
しかし投げてしまった事実は変えられない。どこかで反転攻勢に出て、この追いかけられている状況を変えなければならないだろう。
「江梨子、どこで攻撃に移るんだ?」
「そうだな、あと十秒数えたところで止まろう」
「ああ、分かった」
「分かった」
「――」
女は返事をすることすらできないほどに、体力を消耗している――やはり戦闘経験はないとみていいだろう。この疲労感が演技とは思えない。
「ゼロ」
江梨子のカウントが終わるのと共に、俺たちは急停止し、振り返る。
追いかけて来ていたのは、ブラックタイガーの群れだ。ブラックタイガーその名の通り、黒い虎の見た目をしている魔物であって、決してエビではない。
鋭い爪と牙が脅威的であり、ダンジョンでも比較的に深い階層に生息している、らしい。これは江梨子から聞いた情報だ。俺が出会ったことのない魔物の情報を知っているわけがない。
「【シンクロ】」
「ポン!」
「カメ!」
俺とたぬ吉、亀之助の三人で、巨大な水の塊を作り出した。
シンプルな物量攻撃。そこまでのダメージにはならないだろうが、相手の動きを阻害するには十分な攻撃だろう。その証拠に、急には止まれなかった三体のブラックタイガーが、巨大な水の塊に身体を絡め捕られている。
しかし数が多すぎて、数体の動きを停止させたところで、焼け石に水を掛けたに過ぎない。やるべきことは一気に数を減らすこと。それは俺の仕事ではなく、江梨子と麗華の仕事だ。
「“――”」
「“零冷”」
数十体のブラックタイガーはコマ切れとなり、数十体のブラックタイガーは氷漬けになる。規格外の力は、何度見ても迫力があるな。
ふと厄介な女が静かであることが気になり、隣へと目をやる。
「――」
気絶してやがる。
コイツのことが全く分からない。変なところで肝が据わっているのに、味方の攻撃には簡単に気絶する……コイツのことは一生理解できないかもしれないな。まあそれでも全然構わないが。
「残りは俺がやるか【シンクロ】」
悟空の“赫猛”を借りた状態で地面を蹴り、跳躍する。
宙から見下ろしてみた感じ、残っているブラックタイガーは大体二十体程度だろう。その程度の数であれば、俺の攻撃でも倒し切れるはずだ。
「“火拳”」
拳に炎を纏う。
そのまま落下と共に、地面へと振り下ろした。クレーターができあがる。押し付けられた炎は、抉れた地面を伝い、円状に広がっていく。その炎は、江梨子と麗華の攻撃から逃れ、生き残ることができていたブラックタイガーの身体を燃やし、その生に終わりを打った
「失敗したな。起こしてからやるべきだった」
あの女は俺のことを舐めている。
ここで実力を見せつけておけば、ある程度は見直してくれたんだろうが、気絶したままで当然俺の攻撃は見ていない。
「はぁ、起きろ。戦いは終わったぞ」
「――っは」
「うぉっ、急に立ち上がるなよ」
少しビックリしてしまった。
言葉通り目の前に女の顔があるが、白い肌にクリッとした目、庇護欲を湧かせる可愛らしい顔は、あのイカレた先入観がなければ惚れていたのかもしれない。
惚れていた、は言い過ぎかもしれないが、かなりモテたであろう顔をしているのに間違いはない。
「きゃぁぁ!!」
一瞬分からなかった。
悲鳴をあげた女は、俺の頬へと思いっ切りビンタをしてきて、一般人では絶対に到達できない衝撃が襲い、俺の身体は宙を舞っていた。
脳が思いっきり揺らされたことで、意識が遠のいていく。ブラックアウトする視界には、江梨子と麗華によって制圧されている女の姿が映っていた。
どうして俺は強くなっても、気絶する運命なんだ? そんな嘆きを頭に、俺の意識は完全に落とされた……。
本日はネタチックな話でした。
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