第202話 人の襲撃
「大丈夫か、悟」
「ああ、ちょっと無理をしただけで、今後に影響があるほどのものではない」
「そうか、であれば歩みを止める必要はないな?」
「大丈夫だ」
俺たちはここで休むことなく、皇居を目指す歩みを再開した。
その後も数えるのが億劫になるほどの、魔物や人による襲撃を受けたが、最初のコボルトの群れを超える相手は現れず、五日の時が経った。江梨子の目算によると、あと二日ほど進めば皇居に辿り着く距離までやって来たということだ。
詳しい現在地が分からない以上、皇居へと近付いているという実感は少ないが、太陽の動き的に間違った方向へと進んでいるわけではないだろう。
「だいぶ適応してきているみたいだ」
「それが日本人の美徳であり、欠点だからな」
日本は個人になると適応が速いが、人が集まり集団になると極端に遅くなる。それがダンジョン発生以前の経済的停滞の主な原因であり、さらに遡ると高度経済成長の要因の一つであった……と俺は思っている。
ここで指す適応とは、人々が倫理観を排除して人を襲うというところだ。ここに来るまで俺たちを襲ってきた人々は、変革以前の日本では犯罪のはの字も犯したことのない、普通の見た目をしていた。外見で判断するわけではないが、一般的な外見をしている全員が犯罪関係者である可能性は、天文学的確率だ。
「ほら、また来た」
建物の影から、普段使いしていたであろう包丁を手に、こちらを睨みつけている女性。そのスラリとして華奢な身体と、日焼けをして来なかったであろう白い肌、そして震えている手……彼女がダンジョン関係者や犯罪者である可能性は限りなく低いだろう。
「お、金目のものを置いて行って!」
「……」
「……」
俺たちの間に沈黙が走る。
食料を置いて行けと言われると思っていたら、金目の物を置いて行けと言われたのだから、黙りこくってしまうのは仕方のないことだろう。
「金目の物って、具体的になんだ?」
江梨子も麗華も一向に喋り出す気配がなかったため、仕方なく俺が切り出した。ここでお金とか言われたら、笑ってしまうかもしれないな。
「お、お金に決まっているでしょ!」
「――」
「――」
「――」
某年末番組ばりに笑わせに来た。
俺たちの共通認識は、笑ったら負け。ケツをシバかれることはないが、負けるつもりはない。
「ほら、早くお金を!」
「え、えりこ。渡してやれよ」
「さ、さとる。わたしは元々カード派だから」
「お、同じく」
笑いを我慢するのに必死で、声が酷く震えてしまっている。その状況が更なる笑いを誘ってくるが、何とか我慢できていた。
しかし笑いの器には、笑いの種がギリギリまで注がれているため、何か小さなおもしろでも注がれれば、簡単に決壊してしまうだろう。
「……仕方ないな」
俺は懐を弄る。
取り出したのは財布。こんな世になってからは、一度も手にしていなかった不要の産物だ。しかしこれをこのまま譲ったとしても、俺が不利益を被ることはないのだろうが、メリットもなく渡すのは、なんか癪だ。
「で、これを渡して、お前はどうするつもりなんだ?」
「……」
黙っちゃった。そんな行動が、俺たちの笑いを誘う。
後ろに居る江梨子や麗華も我慢しているであろうが、結界寸前であることは明確。これだけ黙ってからの一言目が、少しでも変であれば、俺たちは爆笑必至だろう。
「……何するんでしょうか?」
「ブフッ――」
「ブフッ――」
「ブフッ――」
相手を目の前にしているにも拘らず、噴き出してしまった。
だって包丁を向けている相手に対して、至って真面目な表情で盗品の使い道を聞いて来るなんて、笑わざるを得ないだろ。
後ろからも噴いた音が聞こえて来たから、今回の戦いは引き分けと考えていい。勝てはしなかったが、敗けなかっただけで御の字だろう。
「こっちに聞かれても、分かるわけないだろ」
「……ですよね」
これまでの相手は、普通な見た目をしていても、何処かおかしくなっていたから、簡単に斬り伏せることができていたが、この人は中身も普通っぽくて、斬り伏せたら心残りができてしまいそうだ。
確認するために、身体を開いて、目線を後ろへと向ける。
そこに居る二人は表情を固くしているが、若干口角が上がっているように見えた。しかし勝敗が決まった今、笑っているかどうかはどうでも良い。
この包丁を使って脅してきた女を、どうするかというのを決めることが、何よりも優先すべき事項だ。時間に余裕があるのであれば、後回しにしてもいいのだろうが、俺たちに時間の余裕はない。ここで決める必要がある。殺すのか、生かすのかを。
「……それでもなお、金を求めるのか?」
「い、いえ。じゃあ別の物を」
こんな空気になっても退かないのか。
やっぱり何処かは変わっているのかもしれないな
新キャラの登場なのか、ただのモブなのか!!?
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