第201話 【シンクロ】
戦いの火蓋を切った俺の攻撃は、コボルト軍団の防御役と思わしき、重めの鎧を付けた個体を三体程度葬るに至った。その代償は、コボルトたちに囲まれてしまうことだろう。
醜い鳴き声が割れんばかりに耳を刺してくる。耳栓をしたくなるが、戦闘中に五感の一つを遮断するのは、かなり不利になってしまうためできない。
早くこの騒音から逃れるために、戦闘を終わらせる必要がある。
幸い、囲んでいるコボルトたちは様子見しているようだから、一気に終わらせに掛かろう。
「【シンクロ】」
借りるのは“赫猛”。
身体から赤いオーラが溢れ出ると、コボルトたちの警戒度が一段階上がったように思う。体勢を下げた。陸上選手が如く一直線に駆ける。
圧倒的な身体スペックによる爆走は、コボルト程度の膂力では止めることなど到底できないだろう。走る俺に対して、ちょっかいを掛けて来ようとする個体は数体いたが、その程度で足を止める程、俺の身体はヤワじゃない。
そんなちょっかいをものともせず、コボルトの群れの最後方へと辿り着いた。全身に傷が刻まれてしまったが、致命傷になり得る傷はないため、そこまで気にする必要はないだろう。今気にすべきことは、前衛を抜かれたにも拘らず、余裕そうな表情を崩していない、コボルト将軍だけだろう。
「無理矢理走ってきたせいで、お前の味方は委縮しちまっているぞ」
「バウ」
威厳ある鳴き声。
鳴き声である時点で威厳はないのでは、と言われてしまえばそこまでの話になってしまうのだが、どうしてだか俺はその鳴き声に威厳を感じてしまっていた。
しかし威厳があろうと、敵であり、犬っころであることには変わらない。油断しなければ、負けることはないだろう。
「じゃあ行くぞ」
腰を低くし、駆け出そうとした瞬間、背後から感じた殺気に、身体が反射的に反応した。裏拳。痛みはないが、ある程度の衝撃が手の甲を襲う。
地面に落ちたものから推測するに、俺は弓矢に狙われたのだろう。直接的に致命傷を負ってしまうような攻撃にはなり得ないが、それに気を取られて副次的に致命傷を負ってしまう可能性は捨てきれない。鬱陶しい攻撃だ。
先に弓を持っている個体を狙いたいが、目の前に居るこいつは許してくれないだろう。どうしたものか。
「……【シンクロ】」
選ばれたのは、同時並行で進めるという、とても疲れるであろう選択だ。“赫猛”を維持したまま、背中に“水盾”を作った。そして背中側から感じる殺気は、すべて無視する。これである程度はコボルト将軍に集中することができるだろう。
そして駆ける。シンプルなダッシュだが、超人的な身体能力に赫猛が合わされば、どんな相手にも通用する技となる。
「――」
コボルトの余裕といった表情が崩れる。即座に殴り飛ばしてしまったため、その顔を見れたのは一瞬だけだったが、相手の底が見れただけで十分な成果だろう。
今この間も背後からは矢が飛び続けているが、“水盾”を貫いた矢は一つもない。このままやれば、このコボルトの集団を殲滅することは可能だろう。
「【シンクロ】」
背中に浮かぶ“水盾”が揺らぐ。
“水盾”を“湧沸”で動かす。狙いは当然弓を持っている個体だ。能力の行使と視界の共有によって、脳が焼き切れそうになるが、肉体強度も上がっているからか、そこまで影響はないように思う。
「バウ」
“湧沸”によって数体のコボルトを倒したが、殴り飛ばしたコボルト将軍が復帰してきたから、同じようにはいかないだろう。
数回ジャンプ。一気に詰めて拳を交える。その間も“湧沸”によってコボルトを倒しているが、二つの視界を一気に処理するのは、かなり脳が熱くなってしまう。
どこかでクールダウンをしなければ、オーバーヒートを起こしそうになっているが、足を止めることはない……というよりも止まらない。勝ち筋を掴んだからか、既に熱でバカになっているのか……どちらでもいい。勝てばいいだけの話だ。
腕に纏う炎が、さらに熱を齎す。否、身体に籠った熱が腕に纏う炎に燃料を灯し、火力を上げる。
「――」
吠える。そして全力で拳を振り抜いた。合わせて背中から伸びる“湧沸”が、残っているコボルトの頭部を一気に貫く。
そして振り抜いた拳は、コボルト将軍の頭部を捉え、全身を燃やし尽くした。燃える肉体が吹き飛び、火花が地面へと降り注ぐ。幸い、地面に燃えやすいものはなかったようで、大規模火災に繋がることはなかった。しかし次も何も落ちていないとは言い切れないため、気を付けるべきだろうな。
「かはっ」
咄嗟に手で押さえたが、生暖かいものが落ちた。
それが何なのかは、なんとなく見ずとも分かるが、念のため目の前へと持っていく。赤い黒い。それは正真正銘、血。あまりに無理をしてしまったため、吐血したようだ。
「吐血で済んだのであれば、まだマシか」
かなりの無理をして、この程度で済むのであれば、限界はもうちょっと先にあるのだろう。
悟が勝てる戦いで無理をしたのは、自分の限界を知るためでした
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