第196話 灯火
【シンクロ】で借りた力は、悟空の“赫猛”、竜馬の風の力、たぬ吉の“湧沸”、亀之助の水の力の四つだ。
【シンクロ】を使用し始めた時点で、頭が割れていると錯覚するほどの激痛が走り、全身が震えてしまっているが、【シンクロ】を止めるわけにはいかない。
「はぁはぁ――」
頭痛。近付いて来る地面に対する恐怖。この二つが手元を狂わせに来ているが、ミスるわけにはいかない。ここを逃せば、俺に明るい未来はない。そもそも未来がやって来ない可能性の方が高いだろう。
“赫猛”で身体能力を上げ、風を纏うことで落下速度を微量だが下げる。そして生み出した水を噴出する。この三つの行動を以てしても、死を免れられる可能性の方が低いだろう。今の俺にできることは、この状態の維持と、助かることを祈ることのみだ。
いくら怖くても、目を瞑ることはできない。【シンクロ】で借りた力の精度が、限りなく低下してしまうからだ。
「――」
叩きつけられた。
全身に衝撃が走り、視界が真っ暗になったが、こんなことを考えられるってことは、死を免れることができたのだろう。しかし身体は動かない。だというのに痛みはない。
経験したことがないだけで、これが死なのではと、最悪な結果を想像してしまったが、真偽が分からない以上、ポジティブで居ることが最適解のはずだ。
「コン」
「――ッ!?」
それは愛してやまない、失ってしまったはずの鳴き声だ。
変わらず身体は動いてくれないため、顔を確認することはできないが、それがゴン太であるという確信があった。
「コン」
うつ伏せに倒れる俺の頭に、ゴン太の肉球が置かれた。
体温が40度を超えた時のような熱が、全身から感じられるようになったが、そこに苦しさは伴っていない。それどころか、何処か心地よさすらも感じている。
だが身体がすっきりしても、一切動いてはくれない。そもそも分かっている。ここが現実ではないなんてことは。
「コン」
頭から肉球が離れた。
これが恒久の別れになる可能性が高いのは分かっている。だが身体は動かない。離れて行くゴン太に対し、手を伸ばしたいのに、声を掛けたいのに、抱きしめたいのに、俺は倒れたままだ。
意識が遠のく。否、意識が現実に戻るのだろう。これが死ぬ寸前の走馬灯なのか、【九尾の狐】“玉藻御前”の中に存在しているゴン太の意識が齎したものなのか、俺には分からない。しかし救える可能性ができた以上、こんなところで死んでいられなくなった。意識が完全に落ちる。
「――」
目を開く。真っ暗。当然だろう。うつ伏せに落ちたのだからな。
身体も動きそうなので、立ち上がってみる。吹き飛ばされた時に感じた激痛も、落下で負ったはずのダメージも、一切存在していない万全な身体だ。それどころか過去一のコンディション……身体が変わったみたいな感覚だ。
「はっ?」
軽く飛び跳ねてみたのだが、あり得ないほど跳んだ。
それに落下以前までは感じなかった、心臓のあたりに感じる熱がある。知識としては存在していないが、本能が使い方を教えてくれた。
掌を前へと向ける。そこにできたのは、火の球。【シンクロ】を使ったわけではない。そもそもゴン太との繋がりが切れた以上、火を生み出せる従魔はいない。スキルを得たわけでもないはずだ。
つまりこの火の玉は、俺の身体が得た力。魔物が種特有の力を有しているように、動物が生きるために獲得してきた力のように、俺は超人的な身体能力と火を生み出す力を得た。
「麗華とたぬ吉たちが戦っているんだ。俺も行くとしよう」
地面を蹴る。全力で蹴ったつもりはなかったが、体感速度はこれまでの比じゃない。風を切って進む感覚は、とても気持ちがいいものだ。
「ポン?」
麗華の少し後方で、支援的な役割を担っていたたぬ吉たちのことを抜かした。あまりの速さに、気付いたのはたぬ吉だけだ。
「はぁはぁ」
砕ける傍から氷を生み出し続け、呼吸が乱れている麗華のことも追い抜かす。疲労からか、たぬ吉でも気付いた俺に、気付けていない。
踏み切る。これまでも超人的な跳躍を行ってきたが、やはり今回はこれまでの比じゃない。一気に魔物の下へと迫る。
「はぁぁ!」
身体から赤いオーラが漏れ出る。“赫猛”。ただでさえ上昇していた身体能力が、さらに上昇する。そして拳には、炎を纏う。
「“火拳”」
シンプルが故に分かりやすい技名。今までの命名センスから考えれば、十分マシな技名だろう。
火を纏った拳を全力で振り抜く。目標は魔物の頭部。
先刻は目で追えなかったが、今なら分かる。コイツは動きが目視で捉えきれない程、高速なんだ。でも今は追える。
斧の面を使って、俺のことを弾き飛ばそうとしている。この速度だと、俺が拳を当てるよりも、こいつの斧が俺へと炸裂する方が早いだろう。
「……【シンクロ】」
全身を風で包み込む。それは一方向へと、俺の身体を吹き飛ばした。一方向とは、当然魔物の方へだ。
「はぁぁ!!」
火に包まれた拳が、魔物の頭部へと炸裂した。
ゴン太について、今は特に語りません。
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