第195話 落としたのは
猿魔の死体を、江梨子に回収してもらったわけだが、周囲には氷漬けにされた猿や風の刃に切り裂かれた猿の死体が一杯転がっている。
「普通の猿の方がどうする?」
「そっちは別にいいだろう。外見的に魔猿だ。猿魔に比べるとそこまで珍しくはない」
「ならいいか」
回収しないからといって、放置するのは衛生的に良くないため、一か所にまとめて焼き払った。
焼く際に頼りにしたのは、麗華の温度を操作するスキルで、一度全てを氷漬けにしてから急激に温度を上げることにより、発火させた。魔猿の肉はよく燃えるようで、一匹も残さず焼き尽くした。
しかし体内にあった魔石は不燃物のようで、魔猿の死体が積み重なった――猿山の跡地には、大量の魔石が落ちている。
「文明が消えた今、魔石は役に立つのか?」
俺は落ちている魔石を、一つだけ拾い上げ、空へと掲げてみる。遮光性はそこまでないようで、かなりの光量が抜けて、目を突き刺してくる。
冒険者としてそこそこの魔石を手に入れ、ギルドへと売却してきたが、詳しい使用用途は調べて来なかった。
原子力に変わる真なるクリーンエネルギーになるとか、魔道具の素材になるとか、一般市民でも知っているようなことは知っていても、それをどのようにして使えるのかは分からない。つまり今の俺が魔石を持っていようと、一切役に立たせることはできないというわけだ。
「……私たちでは活かせない。だが適当なスキル持ちが仲間になれば、魔石は最重要物資へと変わる。だから持っていて損はないだろう」
「なるほどな。こんな世の中になっても、生産系のスキルは重要ってことか」
「いや、こんな世の中だからこそ、生産系のスキルは最重要視しなければならないスキルだ。以前まではスキルがなくても、科学や技術力によってカバーできた。だが今は技術力は頼れず、スキルが生命線になる。だから皇居を奪還したら、生産系のスキル持ちを探さなければならない」
「そうか、生産系スキル持ちが居なければ、普通の生活すらもままならないのか」
俺は世界が変わったことに対し、何処か楽観視していたのかもしれないな。
文明が壊れてしまった今、コンビニもなければ、ネット通販もない。食事を手に入れたければ、旧文明の遺産を漁り、それが尽きれば自給自足で生きて行くしかない。そんな想像が足りていなかった。
「まあ皇居を奪還できなければ、この魔石だって無駄になる。捕らぬ狸の皮算用にはならないように、しなければならないな」
「そうだな」
「……空気」
麗華の独り言は聞かなかったことにして、皇居への歩みを再開した。
そして荒川の前までやって来た。ひとつ前の大きな川である江戸川は、これといった邪魔を受けることなく、無事に渡ることができたが、ここはどうだ?
「……江戸川みたいにはいかないようだ」
荒川が噴水のように盛り上がった。それは一瞬の出来事。川を割って姿を現したのは、巨大な女性。純白の布を身に纏い、手にはそれぞれ金と銀に輝く斧が握られている。それはイソップ寓話に登場する女神を模しているような、女性型の魔物だ。
「神に属する魔物か。気を付けろ。あれは私でも苦戦する――ッ!」
江梨子は言葉を言い終えると同時に、その小さな姿を消した。
最初は攻撃のために移動したかと思い、魔物の方へと目線を移したが、そこに江梨子の姿はない。そこにあるのは、少しだけ立ち方を変えている魔物の姿だけだ。
「――ッ!?」
何をされたのか分からなかった。
気付いた時には身体が宙を舞っていた。全身に走る激痛が、攻撃されたということを物語る。地面は遠く離れており、ここから地上の様子を把握するのは、かなり難しいだろう。俺でなければだが。
「【シンクロ】」
従魔の視界を借りた。
目に映っているのは、先刻までと何ら立ち位置が変わっていない魔物の姿と、大量の氷で壁を作っている麗華の姿だ。
そろそろ現実を見るべきか。【シンクロ】を解き、自分のことだけに集中する。あと数十秒もすれば、俺の身体は地面に叩きつけられて、見るも無残な姿へと変わってしまうだろう。江梨子の所在が分からない今、本当にマズイ状況だ。
しかし俺にできることと言えば、“赫猛”で肉体を強化して、竜馬の力を使って落下速度を下げる程度のことしかない。これら二つをやったとしても、あの位置からの落下で助かるとは思えない。
たぬ吉と亀之助の力で、水を噴射して身体を持ち上げるという手段もあるが、そこまでの威力があるわけではないため、不可能に近いだろう。
詰んだ。そんな思考が頭をよぎる。
「【シンクロ】」
しかし行動しなければ、助かるものも助からない。
脳が焼き切れる。そんな痛みに耐えながら、四つの力を同時に使用した。
泉の女神
イソップ寓話の『金の斧』に登場する泉の女神に酷似している魔物。
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