第193話 穴を登る
寄生花は取り除けたが、消耗した体力が戻ってくるわけではないため、麗華は身体に力を入らないようだ。
「エリザベス、文句がある」
「なんだ、麗華」
「一応病人として扱ってもらいたい」
江梨子は歩くことができない麗華を、風の力によって浮遊させて運んでいた。人を物としか思っていなさそうな運び方に、麗華は静かにブチギレていたが、構っていられるほどの元気はない。
「……」
「……」
「無視は止めて」
そう言われても、俺たちは無視を貫いた。
空気を読んでいるのか、疲れているのかは分からないが、たぬ吉たちも麗華の声は聞いてないフリをしている。少し可哀そうな気持ちもあるが、警戒が足りずに攫われてしまったんだ。この程度のイジリは許されるだろう。
それにしても帰り道はキツイな。行きはアリの邪魔があっても下り坂だから比較的楽だったが、帰り道は上り坂。ただでさえ戦闘で疲労が蓄積しているのに、坂を上っていくのは気分的に疲れる。
「ようやくだ」
「ああ、かなり疲れた」
終着点。麗華を探しに来るときに降りて来た大穴があるそこで上を向くと、入ってきた時には見えていたはずの、地上の明かりが見えなくなっていた。
きっと日が落ちたのだろう。しかしこの暗闇に慣れてしまった以上、太陽の明かりがないのはありがたいことかもしれない。
それにしても、降りて来た時は思わなかったが、深いなぁ。ここを自力で登るとなると、かなりキツいだろうな。
「江梨子、風を頼む」
「……」
俺の問いかけに対し、江梨子は口を閉じたままだ。
なんだか嫌な予感がする。当たって欲しくない予感ほど、当たってしまうというのが人生というものだろう。
「悟は今回の戦いの中で、かなり成長したはずだ」
「まあ確かに成長はしたな。で、風を頼む」
「しかし成長したかどうかを確かめるには、実戦あるのみだと思っているのだが」
「確かに実戦で結果が出なければ、それを成長したとは言い切れないな。で、風を頼む」
何度も風を頼んでいるが、江梨子は一向に俺のことを持ち上げてくれない。何となく結末は見えているが、ここで諦めてしまえば、得られるものも得られなくなってしまうだろう。
「しかしここに魔物はもういない」
「だから仕方ないよな。で、風を頼む」
「代わりを考えた」
「そうか。で、風を頼む」
「ここを自分の力で登ってみせれば、成長を示せると思うぞ」
「ああ、そうか。で、風を頼む」
「成長を示せると思うぞ」
「で、風を――」
「成長を示せると思うぞ」
「で――」
「成長を示せると思うぞ」
江梨子が、はいと言うまで逃してくれないNPCのようになってしまった。こうなってしまった以上、俺がはいと言わなければ、状況は進展しないだろう。最悪なことに、江梨子の考えが変わってくれない限り、俺は自力で登る必要がある。つまり、詰んでいるわけだ。
「はぁ、分かったから、江梨子は早く麗華とウチの従魔たちを持ち上げてくれ」
「よし、それでいいんだ」
麗華と同じように、たぬ吉たちも浮かび始める。
俺だけが地面に取り残され、仕方なく絶壁に手を掛けた。アリによって作られた壁は、人工的な物と比べてかなりデコボコしており、時間を掛ければ登れるような岩肌となっていた。
そして数分かけて、自分一人分程度の高さを登る。
かなり時間が掛かってしまったが、ある程度のコツは分かった。あとは体力が尽きる、もしくは高さにビビることがなければ、時間を掛ければ登り切れるはずだ。
そんなことを考えてから、一時間程度が経ったと思う。甘いことを考えていた一時間前の自分を殴り飛ばしたい。
一時間、一度も休まずに登り続けたわけだが、まだ半分にすら到達していない。そもそも休憩できるようなでっぱりはなく、握力は絶えず消耗され続けている。まだまだ余裕はあるが、登りきる前に限界は来るだろう。
「……悟」
「なんだ、江梨子」
「もういいぞ。想像以上に時間が掛かって、飽きた」
「はぁ、時間が掛かることは分かり切っていただろ」
「だから言っただろ、想像以上だって」
「そう思うなら、早く風に乗せてくれ」
「ああ、分かった」
身体が浮かぶ。ようやく壁を掴み続ける行為から解放された。
手の感覚が死んでいるような気がして、グーパーグーパーを繰り返していると、気付かぬうちに地上へと辿り着いていたみたいだ。
よくよく考えてみると、おかしい。手をグーパーグーパーしているだけで、あの深い穴を登りきったなんて、おかしい。俺が夢中になり過ぎていたのか、江梨子の風が速すぎたのか……考えたくないな。
「今日は休憩して、明日から本格的に皇居を目指す。二人ともそれでいいだろう?」
「ああ大丈夫だ」
「多分大丈夫」
きっと皇居は誰かの手に落ちているだろう。
江梨子と麗華が居れば、そこまで苦戦することはない……と思いたいが、今回みたいなことがあると、楽観視はできないだろうな。
――【第2章 千葉攻防戦】完
これにて第2章完結となります
【第3章 皇居】もお楽しみください
ブックマークと★★★★★をお願いします




