第191話 向けられた絶氷
「――ッ!?」
向けられた麗華の掌が、ピクリと動いた。
それが攻撃の前兆であるかどうかは、賭けでしかなかったが、俺は攻撃である方に賭けた。そして賭けに勝った。
俺は横に飛び、転がった。すると氷の槍が遅れて、元々俺が立っていた場所を貫いている。こうやって本気の氷が、俺へと向けられたのは初めてだが、かなり怖いものだな。
「……空気が冷たいな」
氷のせいで、ただでさえ少ない空気が、余計に吸いにくくなっている。これが地上であれば、吸わない手段は幾つもあっただろうが、限られた空気しか存在していないここでは、いくら冷え切っていようと、空気を吸い込まなければならない。
一度冷え切った空気を吸っただけで、肺が酷く痛む。
内部に傷を負ったのだろう。それ以降、酸素を吸っただけで肺が痛んで、一瞬動きが鈍くなっている。
「はぁはぁ」
「……」
再び掌が向けられる。
氷による物量。巨大な氷塊が飛んできた。
俺の脳内で思考がグルグルと廻る。避けるか、【シンクロ】によって破壊するか。どちらもメリット、デメリットが存在しているだろう。
前者はダメージを受けることはないだろうが、ただでさえ狭い戦場がさらに狭くなってしまう。
後者は氷塊の強度が分からない以上、こちらがダメージを受ける可能性は大いにあるが、もし破壊することができれば、今後の戦いへの影響は少ないと言える。
氷塊が放たれてから、ゼロコンマ一秒にも満たない刹那の思考。俺は従魔と自分の力を信じ、後者を選んだ。
「【シンクロ】」
借りた力は進化した悟空の“赫猛”だ。
全身から赤いエネルギーが溢れ出る。向かってくる氷塊に対し、全力で拳を放つ。直撃。拳に痛みが走るが、気にせず振り抜いた。その甲斐あってか、氷塊を木っ端みじんに砕くことができた。
「……」
「やっぱり化け物だな」
拳を振り抜く際に下げた頭を、再び上げてみると、そこには先刻の氷塊と同じサイズの物が、三つ浮かんでいた。
全力で拳を振り抜けば、氷塊を破壊できることは分かったが、それが三つ連続ともなると、破壊できない可能性の方が高いだろう。つまりあれが放たれれば、俺はある程度のダメージを許容しなければならなくなる。
しかし麗華の攻撃を許容するとなると、死を覚悟しなければならない。それは許容できないも同然だ。
「……」
駆ける。距離を取るのではなく、詰める選択を採った。その行動に寄生花も焦ったのか、一個の氷塊が放たれた。
「ふっ――」
走りながら拳を振り抜く。
砕け散る氷の粒を、全身で受けながら、寄生された麗華の下へと駆け抜ける。そして二度目の氷塊も砕き、無事に懐へと入ることができた。
「――ッ!?」
一瞬、何をされたのか分からなかった。
遅れて理解したのは、麗華を中心にして生み出された氷に身体を呑まれ、壁へと磔にされてしまったということだ。
“赫猛”は持続したままだが、全く身体を動かせない。俺たちを分断した壁と、同程度の強度があるだろう。
「どうしようか」
地に足を付けている麗華は、巨大な氷の槍を作り出している。
あれを避ける術は、今の俺には存在していないだろう。そもそも身動き一つ取ることができないのだから、当たり前の話なんだが。
「【シンクロ】」
眼前にできあがる水の盾。
一応防御用の技である“水盾”を作ってはみたものの、あの氷の槍を受け止めることはできないだろうな。
「……江梨子もたぬ吉たちも、まだ氷の壁は壊せなさそうだな」
壁に磔にされたことで、天井と壁の間にできた僅かな隙間から、向こう側の音を聞き取れるようになったが、氷に対する攻撃の音は聞こえど、大きく砕けたような音は聞こえてこない。
最期まで諦めるつもりはないが、これ以上抵抗する方法は、俺に残っていないだろう。
「……」
大きくなり続けていた氷の槍の成長が、ようやく終わったようだ。
対抗するように、俺も“水盾”のサイズを大きくしてみようと試みたが、氷の槍の成長速度には遠く及ばず、あれを止められるとは思っていない。
「あとは江梨子たちのことを信じるだけか」
「……」
麗華が号令を出すように、腕を振り下ろした。
ゆっくりと進みだす槍。あんな質量を動かせる力があるのであれば、この俺を磔にしている氷だけでも、殺すことはできただろうに。どうして時間を掛けてまで、槍を生成したんだろうな。
前方に置かれた“水盾”と氷の槍がぶつかる。競り合いと表現するのは烏滸がましい程の、一方的な蹂躙だ。“水盾”は一秒ももたずにただの水となり、氷の槍は一定の速度を保ったまま、俺の下へと迫って来ている。
「……ここがダンジョンじゃなくて良かった」
寄生花は麗華の実力の50パーセントも引き出せていません。
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