第190話 アリの巣?
目が覚めた……はずだ。
意識は覚醒したというのに、視界は真っ暗なまま。目が覚めてから数秒が経ち、頭が正常に働き始めたことによって、ここが一寸先も見えない暗闇が支配するアリの巣であることを思い出し、出そうと思っていた声を何とか引っ込めた。
「勝ったのか?」
近くにしか届いていないであろう小声を発してみる。
すると声が届いたであろう近い距離から、返事が聞こえて来た。
「ああ、君の従魔が進化したおかげで、襲ってきた魔物たちは全滅したよ」
あの時背中に感じた輝きは、やはりウチの従魔が進化して発せられたものだったようだ。順番的に亀之助か?
「誰が進化したんだ?」
ここで亀之助の名を出して、もし進化していなかった場合、亀之助のことを悲しませてしまうため、念のため名前を出さずに江梨子へと問いかけた。
返って来たのは、納得するものと意外性のあるものという二つの事実だった。
「カメッ」
「ゴリ!」
答えたのは江梨子ではなく、進化した本人であろう亀之助と悟空だ。
順番的に亀之助が進化したのは納得できるところだが、その後に仲間となった悟空も進化するとは思っていなかったな。
どんなふうに姿が変わったのか気になるが、この暗闇では手探りでしか知ることができないから、二人の姿は麗華の奪還を終えるまではお預けだ。
「では行くとしよう。先ほどの大群で、粗方アリは掃討できた。残っているのは女王と、それを守る近衛だけのはずだ」
「そうだな、行こうか」
俺は立ち上がり、先を行く江梨子の背中を追う。
その横や後ろを従魔たちが進むという陣形で、主たるアリが姿を見せなくなったアリの巣を進んで行った。
あの激闘は、江梨子の予想通りアリを殲滅していたようで、一時間近く歩いたにも拘らず、一体も接敵することはなかった。
「……この先が最奥みたいだ」
風の探知によると、この先が地獄女王蟻が居るであろう最奥らしい。確かに肌を突き刺すような、鋭い殺気が漏れ出ているような気がしてくる。
ここまで来て怖気づくわけにはいかない。一歩先を進んでいる江梨子の背中を追い、アリの巣の最奥へと足を踏み入れた。
「なっ――」
そこはとても開けた場所だった。
それは風による感知能力を持たない俺でも分かる事実だ。なぜなら、この部屋は俺たちを迎え入れるかのように、壁沿い一定間隔に明かりが灯った。それは挑戦者を迎えるダンジョンのボス部屋のように。
「……江梨子、ここはダンジョンじゃないよな?」
「こんな場所にダンジョンがあったという報告は受けていない。それにあの蠢いているものは、今にも孵りそうなアリの卵。ダンジョン内であればダンジョン機能による増加はあっても、種による出産、産卵は起こらないはずだ」
「じゃあここは正真正銘地上――いや地球の地下という訳か」
「ああ、そしてあれも現実だ」
確かに地下数キロのところだというのに、明かりが灯ったことには、かなり驚いた。しかしもっと驚くべき事項が、俺たちの前にはあった。
麗華が立っている。それも生気を感じさせない虚ろな目をしながらだ。
「……ここはアリの巣というわけではなかったようだ」
「どういうことだ、江梨子」
「簡単だ。ここは地獄女王蟻に寄生した寄生花の餌を引き寄せるだけの、大掛かりな疑似餌だったというわけだ」
「……あの地獄女王蟻についていた寄生花が、無防備になった麗華の身体に取り憑いたというわけか」
「ああ、そういうことだ。そして寄生花は宿主の生命力を奪い続ける。最終的には、あの屍のようになってしまうだろう」
江梨子は部屋の端っこに落ちている地獄女王蟻の死体を指差しながら、寄生花の生態を口にした。
アイツが麗華に寄生したのが何時なのかが分からない以上、タイムリミットを決めつけるわけにはいかないが、時間が残っていない事だけは確かだろう。
「悟、早く決着を付けるぞ」
「分かってる」
俺は剣を抜き、従魔たちの顔を確認する。
目が覚めた時に江梨子が言っていたように、亀之助と悟空は進化していた。
亀之助は一回り程大きくなって、ゴツゴツ度が全体的に高まっている。
悟空は白銀の体毛が、より輝いているように見えて、亀之助と同じように一回り程大きくなっている。
能力に関しては、戦いが始まらなければ分からないが、最低でも単独で地獄兵蟻を倒せるレベルには、至っているだろう。
「……悟。麗華に付けられていたはずの腕輪が見当たらない」
「つまりスキルを十全に使ってくるということか?」
「そういうことだ」
「……本気の麗華と戦わないといけないのか――ッ!?」
一瞬。まばたき一回しただけの刹那、眼前に巨大な氷の槍が迫っていた。ギリギリだ。偶々まばたきのタイミングが合って、避けることはできたが、もう一回同じ事をしろと言われても、できると言い切ることはできないだろう。
それに氷の壁によって、江梨子や従魔たちの分断されてしまった。この分厚さの氷は、江梨子であっても砕くのに時間が掛かるだろう。
「……なんで、俺を狙うんだよ」
虚ろな目をした麗華が、こちらに掌を向けている。
理由は分からないが、一番最初に寄生花から狙われたのは、俺だったようだ。
千葉攻防戦の最終決戦が始まりました。
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