第189話 限界
崩れ行く地獄兵蟻の頭を蹴り、宙を舞う。迫る脚は身体を捻ることで避け、突き出された脚を蹴りつけ、加速する。
近くに居る個体は残り二体。まだまだ油断はできない。一本の脚を避けようと、攻撃に使われる脚は七本も残っているのだから。
同時に四本の脚が突き出される。逃げ場はない。時間を掛けずに、脚を砕かなければ、残った脚に潰されてしまうだろう。
「はぁぁ!」
であれば、一瞬で脚を砕くまでだ。
そんな意志の下突き出した拳は、正面より迫る脚を捉え、砕いた。それは一秒にも満たない刹那の刻。俺は勝ち筋を掴み取り、勢いに乗る。
背後より迫る脚によって押し出された空気が、俺の攻撃力を高める推進力となる。加速。最高速度へと至った俺は、その勢いのまま拳を突き出した。頭部への炸裂。
その一撃はこちらへの衝撃を齎すことなく、容易く地獄兵蟻の頭部を粉砕した。
残っている地獄兵蟻は一体だけだ。しかし攻撃に使用できる四本全ての脚が、背中へと迫って来ている。
判断に時間を掛けるわけにはいかない。
裏拳。迫り来る脚へと炸裂した裏拳は、反動で俺の身体を移動させる。跳ねる身体。回転しながら、地獄兵蟻の下へと迫る。
「ふっ」
これまでのように拳を振り抜く。
爆ぜる火花。照らし出されるのは、地獄兵蟻を圧倒している江梨子と一対一の対面で、かなり押されているであろう従魔たちの姿だ。
直ぐにでも助けに行きたいが、少なくともこの個体を倒し切らなければ、隙を晒すだけに終わってしまう。
悲鳴を上げている腕に鞭を打ち、全力で拳を振り抜いた。
――バキッ
それは外骨格が砕けたのか、己の骨が悲鳴を上げたのか、暗闇は教えてはくれない。だが俺の身体が限界を迎えているということは、見えなくても分かることだ。
「くっ――」
地面に着地して、直ぐに跳躍しようとしたが、膝が言うことを聞いてくれなかった。限界を迎えていたのは、腕だけではなかったようだ。全身が悲鳴を上げていて、軽く動くことすらままならない。
「はぁはぁ」
乱れた呼吸がアリを引き寄せてしまう。もし近くに地獄兵蟻が残っていた場合は、俺の命は散る。それでも身体は酸素を欲して、呼吸は乱れたままだ。
狂気とも言える運動量も原因なんだろうが、一番の理由はここが地下深くだからなのだろうな。
「はぁはぁ――ッ」
乱れた呼吸に隠れて耳へと入って来たカサカサ音。
何とか身体を動かそうと試みてみるが、全く言うことを聞いてくれない。動くどころか、さらに地面へと近付くザマだ。
諦めが頭をよぎる。しかし麗華を救い出すという目的が叶っていない以上、諦めるわけにはいかない。説明できない力が身体から湧き上がり、身体を動かした。
「……ウチの従魔たちは優秀だ。なんたって、こんな俺でも力を借りたら、こんな化け物を倒せるんだからな。【シンクロ】」
拳に宿る“赫猛”の力。体力は既に底を突き、全身で赫猛を発動させることはできない。だからこれまでのような超人的な動きは、腕の振りのみが再現可能だ。
「はぁぁ!!!」
全力で拳を振り抜いた。
それと同時に背中で、この暗闇では感じるはずのない耀きを感じた。だが気にしている余裕はない。
俺が拳を当てたのは、これまでの感覚から脚だ。つまりこれを突破したところで、地獄兵蟻を倒すことはできない。勝つためには別の脚の追撃が来る前に脚を破壊する。これを四回繰り返して、頭部へと拳を放つ必要があった。
「はぁぁぁぁぁ!!」
拳に纏う赤いオーラが黒みがかった。理由は何となく分かっている。成長したのだろう。それは結果で顕著に現れた。
脚が砕けた。これまでの砕け方とは一線を画すような、付け根まで木っ端みじんに砕けている。先ほどまでの痛みが嘘であったかのように、腕に痛みは一切感じられない。アドレナリンが出ているだけかもしれないが、もしそうだとしても好都合。ここで仕留めきれる。
「終わりだ!」
跳躍。全身が軋む。やはりアドレナリンが出ているだけなのだろう。今の跳躍で全身に違和感を感じた。だが仕留めきれる。
突き出された脚を、空中で殴りつける。一瞬にして砕けた。
残り二本の脚が同時に、挟み込むように迫って来ている。“赫猛”を両手に宿す。身体を捻りながら、二回拳を突き出した。二本とも砕け散る。
右手を突き出す。地獄兵蟻の頭部に触れた。爆ぜる頭部。衝撃で俺は吹き飛ばされ、壁に激突する。それがトリガーとなり、これまでに積み重ねて来た疲労と痛みが一斉に襲い掛かって来て、脳は自衛のため、意識を強制的に落とした。
遠のく意識の中、従魔たちの優しい鳴き声が近付いて来るのが分かった。勝利したんだな。そんな誇らしい気持ちのまま、俺の意識は完全に暗転した。
今の悟は全身ボロボロです。
骨という骨が折れ、筋肉という筋肉が断裂している。そんなボロボロ具合です。
ブックマークと★★★★★をお願いします




