第188話 研ぎ澄まされる
引き寄せられた魔物の総数は、数百に上る可能性がある。暗闇である以上、詳細を知ることは出来ないが、聞こえて来る足音が数十では足りないことを物語っている。
江梨子が吹き飛ばした個体だって、まだ生き残っているだろう。まさに死地。ここを抜けなければ、俺たちに生き残るという道は存在していない。
「行くぞ、悟」
「ああ!」
俺は従魔を引き連れて、向かってくるアリの大群を迎え撃った。
敵の最も脅威的な点は、大群を活かした物量攻撃。一体二体倒したところで、それは焼け石に水に過ぎず、直ぐに押されてしまうだろう。
ならば俺たちがするべきことは、一人一人が正面からアリに打ち勝つ。そうでもしなければ、戦線は保てない。
「【シンクロ】」
借りた力は悟空の“赫猛”だ。
ここで遠距離攻撃の力を借りたとしても、アリの外骨格を傷つけるだけで、倒し切るまではいかないだろう。“赫猛”は消耗が激しいが、四の五の言っていられるフェーズは遠に過ぎ去った。
「はぁぁ!!」
直ぐ先に居るであろうアリへと、赤く染まった拳を振り抜く。
固いものに当たる。拳に激痛と痺れが齎されるが、気にせず振り抜いた。
――バキッ
それは外骨格にヒビが入る音だ。拳に力が入る。そして自分の内側、身体の中を廻っている何かが、燃えるような熱を帯び、エネルギーを齎してくれた。
拳が自由になる。しかし六つあるアリの脚を、一本砕いただけに過ぎない。そのまま流れるように、頭へと狙いを定める。
攻撃の邪魔をするために、襲い掛かってくる三本の脚。見えはしないが、押し出される空気が、その攻撃の軌道を教えてくれた。このまま行くと、俺の拳が頭に当たるよりも先に、アリの脚が俺の身体を捉えるだろう。だが、そのまま頭部を狙う。
「【シンクロ】」
借りたのは亀之助の“水盾”。
【シンクロ】によって二つの力を借りたことによる副作用で、頭が割れるような痛みが襲ってきた。しかし止めるつもりはない。
アリの脚が一瞬だけ、止まった。その一瞬が、俺に攻撃の猶予を齎す。赤く染まる拳を、アリの頭部へと全力で振り抜いた。
――バキッ
先刻とは違い、直ぐに外骨格へとヒビが入る。理由は分からない――いや、考える必要がない。そんなことに思考を割いている暇なんて、今の俺にはないからだ。
振り抜いた拳は、アリの頭を砕き、その生命活動に終止符を打った。しかし俺が足を止めることはない。敵はまだまだ居る。俺が倒したのは数百の内の一体だ。雀の涙に過ぎない。
「はぁはぁ」
臭いと音で分かる。囲まれてしまった。それも最悪なことに、俺のことを囲っているのは、上位個体である地獄兵蟻だ。
一体だけであれば、俺でも倒すことは可能だろう。しかし別の個体に、隙が生まれたところを狙われ、待っているのは死。
考えて動かなければならない。
「はぁはぁ」
乱れた呼吸を整えつつ、臭いと音から相手の配置を探る。
今となっては慣れてしまった異臭。それがより強いのは、背中側だ。そっちは後回し。先に倒すべきは、前方に居るであろう一体の地獄兵蟻だ。
「ふっ」
体勢を極端に低くし、一気に駆ける。まるで地を進む獣のように。
地獄兵蟻が一斉に動き出した。背後から聞こえて来るカサカサ音は、着実に近付いて来ている。だが前方の個体に肉薄する方が早い。
「はぁぁ!」
拳を構えた。脚が邪魔しようとしているのは、これまでの戦いから分かっている。だから急停止した。地獄兵蟻が俺の攻撃を防ぐために伸ばした脚が、完全に伸び切った。事実は分からないが、感覚的に伸び切ったはずだ。
俺はその脚を伝って上り、地獄兵蟻の無防備な顔の前へと、一気に跳躍した。拳。何度も放ったそれは、回数を重ねるごとに、洗練され、鋭いものへと変化していた。撃破。
だが余韻に浸かっている暇はない。背後より迫る地獄兵蟻たちが、すぐそばまで来ているからだ。
「はぁはぁ」
呼吸は乱れていても、身体が動きを止めることはない。別口から何らかの供給があるかのように、元気な時と何ら変わらず身体は動いてくれる。跳躍。複数の脚が迎撃に来る。襲い掛かって来た個体は、三体。見えてはいないが、そう確信していた。
宙で身体を捻る。体操選手もビックリな空中機動で、脚の迎撃を容易く避けて行く。頬を撫でる風。スレスレで過ぎる脚を撫でながら、地獄兵蟻との距離を詰めて行った。
「はぁぁ!!」
ストレート。赤く染まっている拳が、地獄兵蟻の頭部を捉えた。そこで孕んだ熱が火を齎し、一寸先も見えぬ暗闇に明かりを灯す。それは一瞬の輝きだったが、周囲の状況を確認するには足る光量だった。
「――」
周囲がどうであれ、足を止めることはできない。既に、残った地獄兵蟻の脚が迫って来ているからだ。
悟の急激な成長。
それは勝利を齎すことができるのかッ!?
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