第186話 兵士
響き渡る三味線の音は、地獄蟻に斬撃を齎した。
強固な外骨格が、崩れ落ちるような音が、俺たちの耳へと入って来ている。それがタマの攻撃の有効性を示しており、特攻性も感じさせた。
「なるほど、音を介する斬撃には弱いということか」
江梨子も同じ結論に辿り着いたようだ。
未だにカサカサ音は聞こえてくるため、一撃で倒し切るには至らなかったようだが、あの強固な外骨格を簡単に破れた時点で、倒すのは時間の問題だろう。
タマのボルテージが上がる。
ノリに乗ったタマの音楽は、心を直接揺らしてくるような、力強いものとなっていた。味方である俺たちは心を揺らされ、敵であるアリたちは死へと落とされる。そんな二面性のある音楽が、タマの音楽だ。
「地獄蟻であれば、タマの力だけで十分みたいだな」
タマが三味線を弾き始めてから、五分程度が経過した。
そんな魔物との戦いにおいてはかなり短いと言える時間で、近くに居た地獄蟻は完全沈黙している。
いくら音楽が鳴り響こうと、暗闇であることに変わりはない為、警戒心を解くことはできない。それでも頭を撫でるくらいは許されるだろう。
音楽が鳴っていた場所へと歩み寄り、導かれるように腕を伸ばす。そこに丁度タマの頭部があったようで、撫でるように動かした。聞こえて来る嬉しそうなタマの鳴き声に、こちらも嬉しくなって自然と口角が上がってしまう。バレたら恥ずかしいが、ここは一寸先も見えない暗闇。江梨子であっても見えていないはずだ。
「悟、進むぞ」
「ああ、分かった」
タマのことをひとしきり撫で終える頃に、江梨子が進むように促してきた。まるでこちらのナデナデタイムが終わったのを見計らったかの如く。だが気のせいだろう。いくら江梨子であっても、この暗闇の中で人の詳しい動きを察知することは不可能のはずだ。
湧き上がりそうになっていた羞恥心は、心のどこかへと仕舞い込み、先を進んでいるであろう江梨子を追う。幸い、今のところ一本道でしかないため、江梨子に置いて行かれることはないだろう。
何度か躓きかけたが、盛大にすっころぶことはなく、次の魔物の襲撃を迎えることとなった。
カサカサという音が鳴っていることに変わりはないが、これまでとは違って重さを感じる音だ。地獄蟻とは違う魔物。ここがアリの巣であることを鑑みるに、前方に居る魔物は地獄蟻の上位個体だろう。
「様子見と行こう」
江梨子が風を発生させた。
様子見とは言っても、有象無象の魔物であれば簡単に吹き飛ぶ威力を持っている。それは肌を撫でる風の強さが物語っていた。
「なるほど、全く吹き飛ばせないとなると、地獄兵蟻か」
地獄兵蟻。その名の通り、地獄女王蟻の眷族で、地獄蟻よりも上位の個体なのだろう。兵と言うからには武に特化していて、これまでのように簡単に倒せるとは思わない方がいいはずだ。
「悟、こいつは好戦的で、直ぐに襲い掛かってくる――ッ」
江梨子の声が途切れた。何かが高速で横を通り過ぎたような風圧が、俺の身体を襲う。簡単に予想できる。江梨子が攻撃を受けて、吹き飛ばされたのだ。
「江梨子!」
声ではそう言いつつも、俺は地獄兵蟻への警戒を一番優先している。
あの江梨子を吹き飛ばしたんだ。少しでも警戒心を緩めれば、俺だって同じ目に遭うのは必然的だろう。
目を瞑り、味覚を遮断し、残った三感を極限まで研ぎ澄ます。
肌を撫でる空気の流れ、微かなカサカサ音、地下を住処としている魔物特有の匂い。その全てを逃さないように、集中する。
――カサカサ
それはとても小さな音だ。しかし感覚を研ぎ澄ませておいたおかげか、俺は聞き取ることができた。相手の動き出しに合わせて、俺も動き出す。
手にある剣。これは地獄蟻の腹部に突き刺した剣を、江梨子が倒した後に回収した物だ。これの切れ味では、地獄兵蟻の外骨格を突破することはできないだろうが、防御するには足る強度のはずだ。
そんな剣を構える。そして匂いと音、風の流れから地獄兵蟻の軌道を読み取り、剣を振り抜いた。手に走る衝撃と痺れ。一瞬、手から柄が離れそうになるが、何とか踏ん張って握り締めた。
「くっ、タマ!」
「ニャン!」
耳に届く心地よい三味線の音色。
それが地獄兵蟻にとっては斬撃を齎す最悪の音色になる。剣への圧力が軽くなった。
「ふっ!」
それを好機と、剣を振り抜いた。切れ味が足りないため、脚を斬り落とすことはできなかったが、地獄兵蟻の体勢を崩すことは成功した。
「たぬ吉、亀之助!」
地獄兵蟻へと襲い掛かる“湧沸”と“水弾”。
この攻撃で倒し切れるとは思っていない。
「竜馬、悟空!」
悟空は赤いオーラを纏い、竜馬によって生み出された風に包まれる。
加速。風に背中を押された悟空は、全力で拳を振り抜いた。鈍い打撃音と共に、固い外骨格が砕けるような音が鳴り響く。
地獄兵蟻
地獄蟻よりも一回り程大きく、膂力や外骨格の硬度は全く比較にならない。
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