第184話 アリの巣
俺たちは江梨子の風に包まれながら、ある程度の速度で穴を落下していた。大穴に身を投じてから、数分が経過したが、未だに魔物との遭遇はない。
ここが魔物によって創り出されたということは、ほぼ確で合っているとは思うが、ここまで接敵がないとなると、何かしらの思惑を感じてならない。
「……終わりだ」
「だいぶ降りたな」
地面に足が付いた。
見上げてみるが、地上の明かりが見えるのは遥か遠く。豆粒のような大きさでしか、光は見えていない。つまり、ここは一寸先も知ることができない暗闇。俺たちにとっては圧倒的なアウェーな場所ということだ。
「……この暗さは、かなり厄介だな」
「たぬ吉たちも、何も見えていないみたいだ」
「なるほど、人よりも感覚の鋭い従魔も見えていないとなると、何らかの能力によって、暗くされている可能性が高いな」
つまり能力を使用している個体を倒さない限り、この一寸先も見えない暗闇の中で、戦い続ける必要があるということだ。
相手の実力や数が分からない以上、未踏破ダンジョンレベルの警戒度で挑まなければならないだろう。
「仕方ないが、この状況で進むしかないだろうな。私も風で警戒をしておくが、悟も十全に警戒しておいてくれ」
「ああ分かっている」
不気味に反響する声。
それが警戒心を強める要因となり、江梨子に注意されずとも、十全に警戒をしていた。
「……」
「……」
それ以降、俺たちは無言で歩みを進めていた。
足音の反響音が響き続けているため、隠密するという点においては、端からできていないのだが、敵の足音を聞き逃さないためにも、極力声を発することはない。
「――っ」
息を呑む音。これが誰が発した音なのかは分からないが、それを聞く必要はない。
前方からカサカサという、人のものとは思えない足音が聞こえてきている。姿は見えない。当然だ。俺たちが居るのは、一寸先も暗闇しか存在していない、アリの巣穴だからな。
カサカサという音が止まる。俺たちに気付いたのか、ただ足を止めただけなのか、それを判断できる材料は、俺たちの手の中には存在していない。
唾を飲み込む音。普段であれば、あまり目立つことのない音だが、静寂が支配する地下の暗闇の中では、明瞭な状態で耳へと入ってくる。
「……」
「……」
完全な沈黙。衣擦れの音や敵の足音すら鳴ることはなく、地上ではあり得ない完全なる無音が、この場所には存在していた。
明確に言えば、人の耳では捉えることのできない心音などは、常時鳴っているのだろうが、俺たちからすれば無音と同義だ。
そんな無音の時が、数十秒の間続いた。
それは唐突に訪れる。カサカサという嫌な足音が、さらに奥から響いてきた。目の前のこいつは、増援を待っていたということに、今になってようやく気付く。
「もうやるしかないよな」
「ああ、ここで隠れ切るのは、不可能だろう」
念のため江梨子に聞いてみたが、彼女も同じ考えのようだな。
俺は剣を構える。以前までの剣は九十九に突き刺したままのため、今の手にあるのは、江梨子から譲り受けたものだ。
「【――】」
江梨子が詠唱を始めた。それが刺激となったのか、敵の足音はさらに大きくなって、こちらへと迫って来ている。だが、江梨子が詠唱を終える方が、一足早かった。
「“――”」
前方を吹き荒れる嵐。こちら側には肌を撫でる程度の風しか、飛んできていないが、アリが居るであろう場所には、竜巻レベルの嵐が吹き荒れているだろう。
「――ッ!?」
吹き荒れる嵐の音に紛れて、カサカサという音が耳に入った。俺は偶々認識できたが、他の人たちが気付いている様子はない。
駆ける。目標は遠距離攻撃の行使によって、隙が生まれてしまっている江梨子の下だ。見えないが、自分の感覚を信じて剣を振り抜いた。腕に感じる重さ。きっとこれがアリの攻撃による重さだろう。
「――っ悟か?」
「一匹抜けていた。危なかったぞ!」
全力で剣を振り上げる。腕に感じていた重さごと、剣を振り上げると、巨体がひっくり返ったような音が耳へと入って来た。その音を聞くのと同時に、勇気を出して一歩前へと踏み出す。触れる。これがアリの脚だろう。
その情報から逆算して、アリの真ん中だと思われる場所へと、跳躍した。落下と共に剣を突き立てる。ずぶりと突き刺さる切先。だが外骨格が想像よりも強固で、剣がそれ以上深く突き刺さることはなかった。
「――ッ」
トドメを刺すのに手間取り、俺は薙ぎ払われてしまった。その勢いのまま、壁に激突したが、何とか意識を保つことはできた。だが剣はアリの身体に突き刺さったままで、今の俺は完全に無防備な状態だ。
「大丈夫か、悟」
「ああ、なんとかな」
嵐を中断した江梨子が、隣へとやって来た。それに遅れて、従魔たちも近付いて来る。戦況はふりだし……とまでは行かないが、戦闘が始まった時と状況は殆ど変わっていないだろう。
アリの巣は始まったばかり
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