第183話 深い闇
「味方だと思っていた奴に見捨てられ、手駒は悉く消されたお前は、これからどうする?」
「……確かに、今の俺は一人だ。だが、俺を舐めるなよ!!」
九十九の両手が燃え上がる。
それは大火と言っても過言ではない。巨大な炎が、両手を包み込むように燃え出ていた。
「なるほど、伊達に組長をやっているわけではないってことか」
「そういうわけだ!」
――速い。
だが様々な魔物や人を見て来た俺たちにとって、その速度は一ミリたりとも脅威となり得ない。
突き出された拳に対し、江梨子は風を動かすことによって、容易くいなしてみせた。突風に煽られ、一瞬だけ火が揺らいだ。しかし、直ぐに元の火力を取り戻した。
「チッ!」
天と地がひっくり返っても、江梨子には勝てないと思ったのだろう。
江梨子のことを睨み続けていた九十九の眼が、ギロリとこちらへと向いた。とても鋭い眼光なのだろうが、身体が恐怖に縛られることはない。
頭はとても冷たい。相手の動きを全て頭に入れ、即座に取捨選択を行う。これは生物が呼吸を行うのと同じように、頭が勝手に行ってくれる。剣を振り抜く。
「あぁぁ!!」
野太い叫びが耳を突き刺してくる。
キーンとした音が耳に残るが、それは時間にして一秒にも満たない。耳に入ってくるのは、地面でのたうち回る九十九の声にならない悲鳴だ。
「……麗華は何処だ?」
「あぁぁ」
こいつの右手は斬り落としている。次は左手だな。
剣を構え、左手に狙いを定める。そしてそれを知らせるように、十分な殺気を漏らす。
「ひっ、ち、ちかだ! ビルの地下に居る!!」
「……」
嘘かどうか分からないな。
やっぱり左手を落としてから、もう一回聞いた方が本当のことを話しやすくなるか?
「悟、焦る気持ちは分かるが、ショック死でもされたら困るだろ」
「……確かにな」
だらんと剣を降ろす。
目の前に居る男は、明らかにホッとした表情をしていた。
「それにしてもビルの地下か。ビルに入った時に風を広げてみたが、入り口らしきものは見つからなかったが……まあ探してみるしかないだろう」
風が吹き荒れる。積み重なった塵を持ち上げ、ビルが建っていた場所の地面が露出した。ぱっと見、地下らしきものに繋がる場所は見受けられない。
「なるほど、そもそも入口はなかったということか」
江梨子はさらに風を送る。地面にヒビが入った。
ヒビは段々と大きくなっていき、一定のところを超えると、一気に崩れ落ちた。確かにそこには大きな空間があるが、麗華の姿はない。そもそも穴に終わりは見えず、何処までも続く闇しか広がっていなかった。
「やっぱり居ないじゃないか。どうせ本当のことを言わないのであれば、もう用済みだ」
「う、嘘じゃない!!」
「事実、麗華の姿はない。これが嘘を言ったという確固たる証拠だろう?」
「……悟」
大穴を覗き込んでいた江梨子が、こちらへと近付きながら話しかけて来た。江梨子はとても複雑そうな表情を浮かべている。
「どうした?」
「そいつの言っていることは、嘘じゃないのかもしれない」
「はっ? だが麗華はいないだろ」
「……この大穴。アリ系の魔物によって作られたものだ」
「九十九組に攫われた麗華は、今度は魔物に連れ去られたってことか?」
「その可能性が高い」
確かにその考察であれば、こいつが嘘をついていない可能性もある。
「だがアリの魔物如きに、麗華が連れ去られるとは思えない」
「そんな話になると、麗華がこの程度の監禁で、大人しくできるはずがないだろう。何らかの状態異常に掛かっていたか、スキルを封じるような物を付けられていた、違うか?」
「ああ、ヴェーヌの奴から貰ったんだ! スキルの出力を最低限まで封じる腕輪と、強制的に眠りにつかせることができるお香を!」
【魔十二槍】はそんな道具を持っているのか。いや、人間による【ダンジョン嫌悪派】が前身である以上、世界に存在する道具は持っていてもおかしくはないか。
「そうか……だが用済みであることに、変わりはないよな?」
「確かにそうだ」
剣を再び強く握り、振り上げた。
目の前に居る九十九は、ヤクザとの親玉とは思えないほど、酷く怯えていて、とても滑稽な様子だ。
「遺言はあるか?」
「……」
九十九は酷く震えて、声を出せていない。
そんな男のことを、俺は酷く冷たい眼で見ているのだろう。既に俺は、人の命を奪う行為に対して、一切心が揺れ動くことはなくなってしまったようだ。
剣を振り下ろす。目標は、簡単に命を刈り取れる首ではなく、ジワジワと生命力を奪い取っていく腹部だ。
「あぁぁぁ!!」
剣は抜かない。大量に血が噴き出して、直ぐに死んでしまうからな。
突き出したままでも、少し動かすだけで大量の血が流れ出て来ている。
「悟、新しい剣はこれを使え」
「ああ、ありがとな」
江梨子から剣を受け取り、大穴の前へと立つ。
「準備は出来ているか?」
「――」
酷い光景を見せたというのに、従魔たちの返事は変わらず元気だ。
そんな返事を聞き、多少だが心に掛かっていた靄が晴れた。
「では降りるとしよう」
江梨子の合図と共に、俺たちは大穴へと身を投げた。
戦いの相手が人から魔物へと移り変わりました。
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