第182話 きっかけ
意識が引き戻される。
身体を蝕んでいた毒が消えたことは、起きて直ぐに分かった。その要因も何となく分かる。江梨子によって、無理矢理ポーションを流し込まれたのだろう。
意識がブラックアウトする瞬間に感じた暖かさは、きっと江梨子の唇の熱。口移しで無理矢理飲まされなければ、震える身体は液体を受け付けなかったはずだ。
「……ありがとな、江梨子」
「気にするな。しかしこの霧は何とも厄介なものだ。私の風をものともせず、変わらず滞留している」
俺と江梨子は風という繋がりがあるため、まともに話し合うことができているが、従魔たちの鳴き声は霧に遮られて、音としてしか伝わってこない。
つまり物理的な繋がりを得なければ、この霧に包まれている状況では、話し合うことすらまともに出来ないということだ。
そもそもこの状況すらも、俺が幻覚を見ているだけかもしれない。砂漠における蜃気楼は、人に希望を見せるのがテンプレみたいなものだからな。
だが、俺は信じることしかできない。ここで疑い出したら、相手の思う壺でしかないからだ。
「……江梨子、たぬ吉たちの居場所は探れないか?」
「できないことはないが、敵の数が分からない以上、見分けるのに時間が掛かってしまうだろう。それに私の消耗も激しい」
「そうか……頼めるか?」
「ふっ、当たり前だろう。私は【先駆者】筆頭だからな」
身体を包み込んでいた風が、地を這うように広がっていくのが分かる。俺が風を操っているわけではないのだが、風が何かに触れたということが、肌を伝って振動として伝わって来ていた。
揺らぎ。形を確かめるように、触れた物体を包みに行っている。抵抗は見られない。それが動くはずがない瓦礫なのか、風に気付いていない無能な敵なのか、抵抗する必要のない味方なのか……まだ分かるはずがなかった。
しかし俺の中には表現しようのない確信があった。今、風が触れているのは、ウチの従魔の一人である亀之助だと。
「江梨子、亀之助だ」
「了解だ」
風が亀之助のことを完全に包み込む。そして宙へと持ち上げると、こちらへと引き寄せた。段々と近付いて来る。それが亀之助で合っているのか、敵なのか、ただの瓦礫なのか……近付いて来るにつれて不安が湧き上がって来る。
霧の中でも視認できる距離まで、残り数メートル。
霧を裂き、風に包まれたものが姿を見せる。それは強固な甲羅に身を守られていながら、その勇ましさに関しては誰にも負けないカメの魔物、亀之助だ。
「亀之助、大丈夫だったか?」
「カメェ」
亀之助はこれといったダメージを負っていないようだ。
これは朗報と言って良いだろう。しかし疑念を生み出すことでもあった。このヴェーヌによって生み出された霧は、何を最終目標としているのかという点だ。
今のところ、敵の攻撃を受けたのは俺だけ。それも暗器による毒を与えるという、とても回りくどいものだ。
あの状態の俺であれば、簡単に致命傷を与えられていたはずなのに、毒という回りくどい物を選んだせいで、生き残ったどころか、合流されてしまった。その選択をした理由が全く読めない。
俺たちを全滅させることが目的ではないのか? しかしその場合は、何が目的となるんだ?
「はっ?」
理解できない事態が起こった。
霧が晴れて行く。亀之助を除いた従魔たちの姿も明らかになるが、全員が無事であるように見えた。詳しく聞き取りをしなければ、詳しいことは分からないだろうが、何となくダメージを負っていないと思える。根拠を挙げるとすれば、少し離れているところで慌てている九十九の姿だろうか。
「おい! どういうつもりだ、ヴェーヌ!! 霧が掛かっている間に、始末するんじゃないのか!!」
「ふっ、私がヒトの手助けなんてするわけないでしょう」
九十九組は利用されたってことか。
結局、ヴェーヌの目的は分からないままだな。
「ねぇ、窪田悟くん」
「――ッ!?」
耳元で囁かれた。
反射的に、剣を振り抜く。しかしそれは幻覚であり、そこにヴェーヌの姿はない。
「いきなり斬りかかってくるなんて、とっても残念ね」
声は聞こえて来るが、これまで通り姿は見せていない。
江梨子がしらみつぶしで風を広げれば、いつかはその姿を捉えることができるかもしれないが、体力の消耗を考えると、得策だとは思えない。
ここは相手が退くのを待つことが、俺たちにとって最善の策なのかもしれない。
「直接君と会える日を、楽しみにしているよ」
敵だというのに、その声は何処か優しいものだった。
「何が目的なんだ?」
ヴェーヌの目的、ひいては豊臣の目的が分からなくなってしまった。
次回、九十九組との抗争が決着!?
ブックマークと★★★★★をお願いします




