第112話 柳生と鬼道
十三階層の支配者たるブルエレファントが消えた今、ただの平原となったこの場所で、柳生と鬼道が殺気を駄々洩れにしながら、向かい合っていた。
あまりに濃密な殺気に、ゴン太たちは毛を逆立てて威嚇している。一度宥めようと試みはしたが、全く言うことを聞いてくれなかったため、攻撃だけはさせないようにすることに徹した。
「――」
静寂。
当事者である二人も、部外者である俺たちも、一切の音を出さずに行く末を見守っていた。何かきっかけがなければ、状況が動くことはないだろうと思っていたが、そのきっかけというのは突然やって来たらしい。
鬼道が作ったハリケーンの影響によって、無風となっていた十三階層に風が戻って来た。風は背の低い草を揺らし、小さな音を鳴らす。
「――」
「――」
その音をきっかけに、二人は動き出した。
動き出したと言っても、俺の動体視力では瞬間移動したようにしか思えず、元々立っていた場所と二人の激突地点でしか認識できていない。
そして激突地点と言っても、直接見えたわけではなく、予測に過ぎない。柳生たちは剣を一度ぶつけ合うと、直ぐに飛び退いて再び勢いを付けて剣を振るっている。
その全ては予想に過ぎないが、何となく確証に近いなにかが、俺の中にはあった。
「鈍ってんじゃないかァ!?」
「……怪力娘が、粋がるな」
感情のままに話す鬼道に比べ、柳生は極めて冷静に言葉を紡いでいる。
盲目な柳生の方が圧倒的に不利だと思っていたが、二人の攻防は均衡を保っているように思えた……いや、どちらかというと柳生の方が押しているようにも思える。
だが二人は己が武器をぶつけ合っているだけで、技になるようなスキルを行使しているようには思えない。つまり素の剣術と身体能力にバフを掛けるようなスキルしか使用しておらず、いくらでも戦況はひっくり返るという訳だ。
しかし二人が演じるのは、神の領域に至る剣戟のみ。攻撃用のスキルを使うことはせず、己が剣術を披露するのが目的であるかのような……そう、まるで演武のような戦いを続けていた。
「二人がスキルを使わないのに、理由はあるのか?」
「私たちが理由だよ」
麗華の言っていることの意味を理解するまで、数秒の時間を要した。
つまり麗華が言うには、二人がスキルを使用すれば、遠く離れた俺たちにも被害が出かねない、強力な攻撃になってしまうということだ。
そんな攻撃を見てみたいという好奇心に駆られるが、自分の命を賭けてまで見たいかというと、そこまでではないため、素直に二人の行く末を見守ることに決めた。
「スキルを使えば、被害が大きすぎるということか」
「そういうこと」
俺と麗華が会話を続ける中、他の【先駆者】たちは多種多様な反応を見せている。リーダー格であるエリザベスは、呆れた様子で二人の戦いを目で追い、モコモコの服を着ている雪村は未だにローテンションで、二人の戦いに興味はなさそうで、最後に一人である巨大な大楯を持ったビキニのサーファーは、我関せずといった様子だ。
大盾使いでありながら、一度も戦闘に参加していないのは、【先駆者】の異常な戦力を象徴していると言っても過言ではない。
本来大盾使いは戦場の最前線を駆け、パーティーメンバーを守る役割を担うというのに、ここでは【先駆者】の攻撃を搔い潜って接近できる実力を持った魔物が殆ど居ないため、サーファーは暇をしているのだろう。
「そろそろ決着がつきそう」
麗華が呟いたため、サーファーから柳生たちの戦いに目線を戻す。
だがそこでは先刻までと変わらず、激しい剣戟を続ける二人の姿が見えた。どちらかが押されているようには見えないため、直ぐに決着がつくとは思えないが……。
「ふっ――」
柳生の息を吐く音が聞こえて来る。
刹那、鬼道が地面に伏していた。一切の外傷が見受けられず、どういった理由で膝を付いているのか分からないが、柳生の勝利で終わったということだけは分かる。
膝を付いている鬼道の呼吸が乱れているのに対し、立っている柳生の呼吸は一切乱れを感じないため、俺が思っていた以上に柳生の圧勝だったのだろう。
「面倒ぐさがらず、自分たちの足で行くぞ」
「いや待て、柳生」
「なんだ江梨子」
「三十二階層まで飛ぼう」
「お前まで何を言い出す。あの時のことを忘れたとは言わせないぞ」
収まりかけていた柳生の殺気が、再び溢れ出し始めた。
一度経験しているため、多少はなれたと思っていたが、身体の震えは止まってくれなかった。
「……」
「……」
エリザベスと柳生は無言。
しかし二人の間に構築される空気は、とても荒ぶっているように思える。いや、二人の間と言っても荒ぶる空気を作っているのは、柳生一人だ。
【先駆者】たちの間に何があったのかは知らないが、彼女たちにとっては大きな問題なのだろう。それを解決しない限り、彼女たちのギスギスした空気が消えることはないだろうと思えた。
エリザベスと柳生は戦うのでしょうか
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