第4話
あれから一週間、俺は食事処beautyで一生懸命働いていた。
ギルドの方から知らせは一切なく、相変わらずイスカも店を手伝う。
イスカは頭がよく自分が食べた料理を筆頭にどんどん俺たちの言葉を覚えて行った。
「テンチョ、肉!芋!」
というかこれでわかる店長も凄い。
そんなイスカの毎日の楽しみは俺の作るデザートらしい。店長の提案で俺が作れるくらいのデザートがメニューに並べられることになった。
売れ行きは客が冒険者なのもあってぼちぼち。
この店に来る客は何よりも肉、という血の気の多い人が多数だから仕方ない。
けど、イスカは閉店後その余ったデザートを食べ、食べた物の名前を覚えるという生活をしていた。
「ヘイラッシャイ!ダンク!パイ!」
イスカはすっかり看板娘と化していた。来る客みんなに可愛がられている。
俺は仕事が終わる時間、毎日迷子の届けを出したダンジョンのギルドに進捗を聞いていた。
しかし、特に進展はなく、このまま一生この子を預かるのかという不安に襲われ始めていた。
「このままイスカの家族が見つからなかったらどうなるんだろう……」
夜、客が少ない閉店間際、厨房で俺はぽつりとつぶやく。
「もし誰も引き取らなかったら、孤児院行きね」
俺の問いに答えてくれたのは店長だった。誰かに向けた言葉ではなかったから、返答が返ってきたことに少し驚く。
「孤児院か……そうだ、店長がイスカを引き取ってくれませんか?」
「無理よ、私だってまだ夢の道半ば。いつかはこの店を全国的に広げるんだから。あなたはどうなの?」
「俺は……子供を持つにはまだ早すぎますよ。何かあっても責任取れる自信はないし」
「そうよねぇ」
俺たちは二人で食器を下げてるイスカを眺める。
「何とかしてあげたいけどこればっかりはな……」
その後も店長と二人で頭を悩ませ、閉店作業に入る。
店が終わり、俺は毎日恒例となっているダンジョンのギルド受付に、イスカの進捗を聞きに来ていた。
「すみません今日も進捗はありません」
「そうですか……」
「ですがこの件偉い人たちの耳にも入ったそうですよ、権力でどうにかしてくれるかも」
受付のお姉さんは言う。
権力を使った迷子の解決法ってどんなのだろう、なんだかロクな方法が思い浮かばないぞ。
それに偉い人が迷子一人のために、わざわざ重い腰を上げるとは思えない。やっぱり今の俺はギルドの報告を待つしかないな。
「分かりました……ありがとうございます」
頭を下げ、俺はbeautyに帰宅した。
その夜俺は夢を見る。それは俺がイスカの親になっている夢だ。
夢の内容は苦労して俺たちの言葉を覚えたイスカは、立派に育ち結婚相手を連れてくる、なんて内容だ。
けどあまりに現実と乖離してる内容に、俺は違和感を覚え目を覚ます。
「あー変な夢見た……」
beautyの二階に俺たちが与えられている部屋は、ベッド一つ置いてある決して広くはない簡素な部屋だ。
部屋は全部で五部屋あって、その中の三部屋を俺、イスカ、店長で使ってる。
とりあえず起床し顔を洗うため部屋から出る。すると同じタイミングで隣の部屋の扉も開く。イスカも同じタイミングで出て来た。
「ダンク、ヲッス!」
「朝から元気だね……」
変な夢を見たせいで、イスカの顔を見るとなんだか複雑な気分になる。
「フルーツ、パイ!」
イスカはさっそく今日食べたい物のリクエストをしてきた。beautyで出すデザートは、イスカが今日食べたい物を基準に決めているのだ。
「じゃあアップルパイでも作るか」
「ヴィ!パイ!パイ!」
「パイは連呼するんじゃありません」
「?」
俺の言葉にイスカは不思議そうな顔をする。
開ききらないまぶたにタンザナイトの様な瞳、長いまつ毛に空色の髪。美少女と言っても過言ではない整った顔にのぞき込まれる。
昨日は店長にああ言ったけど、なんだかんだ言ってイスカには情が湧いている。俺がイスカを引き取ったらどんな生活になるんだろうか……。
「よし!今日も頑張ろう」
「ヴィ!」
今は考えても仕方ない、マイナス思考を振り払うように洗いたての頬を叩き気合を入れる。
気を取り直して、今の俺の戦場、beautyの厨房へ向かう。
しかし、その日の昼。客足が一段落した頃、変化は突然やってくる。
「たのもー!」
勢いよく店の扉が開かれたと思ったら、飲食店にはふさわしくない挨拶が飛んでくる。
しかし店長は気にせず入店の挨拶をする。
「いらっしゃい、どうぞ、お好きな席へ。注文が決まったら呼んでね」
客はイスカと同じくらいの背丈の少女。こんな街に似つかわしくない子供だった。
容姿も赤髪をツインテールでまとめられ、頭には大きな黒いリボン。それにフリルが付いていて可愛らしい服を着て、かなりの美少女。どこか良い所のお嬢様だろうか。
少女は店の入り口で周囲を観察するように見回す。
「注文か……ならダンクという冒険者を出してもらおう」
お、俺?厨房に入ってた俺は店長がどんな返しをするか不安げに見守る。
「ここは食事処よ、ナンパなら後で本人にしなさい」
そういう問題でもないと思うんだけど。とはいえ店長があしらってくれて助かった。
「そうか、だったらここを一時貸し切らせてもらおうか」
少女はそう言って金貨三枚を店長に渡す。
「いきなりのことだからな、これだけあれば今いる客の代金分にはなるだろ。そんなに長い時間は取らせねえ」
この子見た目の割にかなり乱暴な言葉遣いで怖いな。
「何の冗談?ここは子供の遊び場じゃないわよ」
店長は少女を叱ろうと近づいていく。その店長に少女は何かを投げて渡した。
「うっそ……本物の金貨」
少しの間、少女と金貨を見比べながら口を開く。
「ふむ、というわけで今はこの子の貸し切りよ。みんな少しの間ちょっと出てちょうだい」
なんと店長は客を店から出そうする。
そんな店長の決定に、食事をしていた客たちからブーイングが飛ぶ。いきなりの出来事だしこの反応は無理はない。
「おいおいいきなりそりゃねえよ」
「冗談だろ?」
「金貨を貰ったからお代はいらないわ、それに後で返してもらえるなら皿ごと料理を持っていても良いわよ」
「外で飯食えってか!」
血の気の多い冒険者たちの不満はどんどんヒートアップしていく。
そして、ついにその標的は原因である少女へ行く。
「お嬢ちゃんずいぶん舐めた真似してくれるじゃねえか」
「悪いとは思ってるよ、けど大事な話があるんだ。勘弁してくれ」
あまりに軽い態度に冒険者の一人がついにキレた。
「俺はまだ食ってるでしょうが!」
冒険者の手が少女に伸びる、あれは確か有名なCランクの冒険者だ。少女と冒険者の体格さは二回り以上もあり力の差は歴然。
けど少女は怖がるそぶりも見せず落ち着いていた。
「ああ、だから悪いな」
次の瞬間俺が見たのは、冒険者が壁に張り付いた光景だった。一瞬過ぎて何が起こったのか俺には全く分からなかった。あの子いったい何なんだ……。
張り付いた冒険者は負けを認めるようにつぶやく。
「つ、つええ……」
少女の力を見た他の冒険者たちは、壁に飛ばされた冒険者を連れてみんなおとなしく外へ出る。
そして室内には店の関係者である俺と店長、イスカ、そして少女が残った。
「さて、これでやっと落ち着いて話ができるな」
少女はにやりと笑いながらカウンターに肘をつき、俺を見た。




