3.5話
食事処beautyでの最初の一日は何とか乗り切った。初めてのパーティ以外の人に料理を出したけど、反応は上々。
今までやってきた冒険者業こそ花開かなかったけど料理の方は、きちんと手ごたえを感じている。正直、結構うれしい。
「よし、今日も頑張るぞ」
仕込みがあるから、飲食店の朝は早い。
お手伝いであるイスカのまだ出番は先だ。
けど俺はしっかり朝から参加して、できるだけ仕事を覚えないとな。
「おはようございます!」
「はい、おはよう。朝から元気ね」
店の厨房では既に店長が仕込みの準備を始めていた。
「はい、早く仕事覚えたいですから!」
「まじめね、好印象よ」
「ど、どうも……」
店長の生暖かい視線を受けつつ俺も仕込みを手伝う。
そして開店まであと少しの所でイスカが二階から降りてきた。グッドタイミングだ。
「おはようイスカちゃん、今日も……ん?」
店長はイスカの全身をじっと見る。何か問題があるのだろうか。
「イスカちゃん昨日と同じ服よね」
「そうですね」
「もしかして着替えが無いの?」
「荷物を持ってた様子もないし、そうでしょうね」
「……ダメよ!看板娘が毎日同じ服なんて!」
いきなり叫びだした店長の言葉に思わず耳を塞いでしまった。
けれど店長の言い分も分かる。
イスカの服装はボロ着とまではいかないが、落ちてきた時そのままで所々汚れている。
しかもそのまま、昨日店を手伝って夜を明かしたはずだ。
さすがに洗濯しないと、飲食店としてはまずい。
だけど俺だって何とかしてやりたいけど、その日暮らしの冒険者だった俺に余裕なんてあるわがけない。
「ですが先立つものがなくて……」
「甲斐性ないわねぇ……良いわ。午前中、店は良いからイスカちゃんの服を買ってきなさい。はいお金」
店長は俺に金の入った財布を渡してくれた。
「良いんですか?」
「これはお使いよ、看板娘の服は必要経費!何より飲食店なのにずっと同じ服は衛生的にちょっとねぇ……」
俺でも着替えくらいは持ってるし、確かにこのままじゃマズいよな。
「分かりましたじゃあ今日はイスカと服を買いに行ってきます」
「仕事は午後からしっかり頼むわよ」
「ところでこの街の服屋ってどこににあるんですか?」
この街は良くも悪くもダンジョンを中心に広がっている。だから並ぶ店も冒険者をターゲットにしている。
当然並ぶ品物も冒険者基準になる。
「た、高い……」
イスカの体型に合う服をやっと三件目の服屋で見つけたけど、目の前には結構な値段の服が二着置かれていた。
「たまに背の低い冒険者もいるからね、ドワーフとか。置いてるは置いてるが、今は俺が手遊びで作ったその二着しかないんだ」
一着は冒険者が装備の下に着るような丈夫な服。ポケットもたくさんあって機能美にあふれているけど、これで看板娘としては少し花がない気がする。
もう一着はなんと、白いフリルが装飾された黒が基調のワンピース。スカートがふわっとしていて動きにくそうな印象を受けた。
店主は元冒険者だろう、立派なヒゲが生えていて頬に傷がある。
この人がこんな可愛らしい服を作るのか、人は見かけによらないな。
とりあえず、店の手伝いを目的にするなら前者の冒険者の服だろう。けどイスカの目はさっきからワンピースを捉えて離さなかった。
「イ、イスカ……手伝いの為の服だからね。あんまりヒラヒラだと動きづらいし……」
その言葉にイスカは軽いショックを受けて、見るからに悲しい顔をする。そんな顔をされるとこっちまでいたたまれなくなる、ごめんよ甲斐性なしの元冒険者で。
「それにこっちのワンピースは貰ったお金じゃ足りないんだ……」
一番の問題はそれなのだ、値段が財布に入ってる金額より多い気がする。
俺もできればイスカが喜ぶ方を買ってやりたいが金がない。
その言葉を聞いたイスカは黒いワンピースを見ることをやめ、冒険者の服を指さし話す。
「#$&>?!"~'」
言葉が分からなくてもこの表情と態度を見ればわかる。物凄い気を使われたのだ。
多分言葉の意味は「こっちの方も可愛いよね」とかそんな感じだろう。
「おい兄ちゃん持ってる金はどんなもんだ?」
現状を見ていた店主は値段を交渉をしてくれようとした。
「えーと大体……」
俺は店主に持参金を耳打ちする。すると店主はかなり渋い顔をした。
「うーんさすがにそこまではなぁ。負けれて三割だ、それ以上はこっちが大幅なマイナスになっちまう。嬢ちゃんは残念だろうがおとなしく安い方を選んだ方が良い」
三割引き、かなり現実的な値段になったけど貰った金より高いことには変わりない。おとなしく冒険者の服を買うことに決めイスカを見る。
イスカは俺が店主と話している間、名残惜しそうにチラチラとワンピースを見ていたが、その姿が見つかって気まずい笑みを浮かべた。
「いたたまれない!」
気づいたら俺は涙を浮かべながら叫んでいた。
「うおっ!いきなりどうした兄ちゃん」
この子にこんな顔をさせた自分の甲斐性の無さが憎い。
預かっただけの子供。頭ではわかってるんだ。
けど、いざ目の前で子供にこんな顔をされたら――ここまで心が張り裂けそうになるとは思わなかった。
「俺、子供にこんな顔させて……!」
「いや気持ちは分かるけど、兄ちゃん金ないんだろう?」
店主は呆れた顔で俺を慰めようとする。しかしそれに反論する。
「いいや金ならある!」
「な、なんだって……いったいどこに!」
そう、確かに貰った金だけなら足りない。しかし負けてくれるなら俺の所持金も足せば手は届く。
俺は冒険者をやめても衣食住には事足りている。beautyで住まわせてもらいながら賄いももらっていて、着替えだってあるし金がなくても現状十分なのだ。
しかしイスカは服が圧倒的に足りていない。この子をギルドからの依頼で預かってる以上半端なことは出来ない。
ここはイスカが喜ぶ服を買うのが正解だ!
「俺は自分の財布を生贄に捧げる!さらに、この子の寝巻になりそうな物をもらう!」
「物々しい買い物だな!だが、覚悟は受け取ったぜ兄ちゃん……だったら次は俺の番だ!」
店主は黒い大人用の半袖をイスカにあてがう。
「この大きいサイズの半袖を負けてやる!」
「なに!それはイスカには大きすぎる!」
「そんなことはない、ほれ!」
半袖の丈は長くイスカの膝上まである。
「さらに腰を紐で結べば動きやすくもなる!」
「そんな技が!」
「これが兄ちゃんの覚悟に対する誠意だ!」
「買いだぁ!」
売買は成立した。俺と店主は互いに握手を交わす。
レジにてお金を支払う……俺に後悔はなかった。
「いい買い物見せて貰ったぜ!」
「こちらこそ色々ありがとう!」
俺は店主と厚い握手を交わした。
財布の中身はスッカラカンだけど、不思議と気分は悪くない。
「そうだ、お嬢ちゃん、どうせならあの服着て帰らないか?」
俺たちの会話を聞いてポカンとしていたイスカは、いきなり話を振られコクコクと首を縦に振る。
「じゃあ更衣室はこっちな」
店主は展示されていた人型から黒いワンピースを外し、イスカに持たせ更衣室へと案内する。
「しかし可愛い子だね妹さんかい?絶対美人に育つぞ」
「預かってる子なんだ、多分大人になった姿は見れないんじゃないかな」
「なんだ訳ありか、そりゃ残念だな」
店主とそんな話をしながら待ってると、イスカが更衣室から出てくる。
恥ずかしがってるのかもじもじした動作とは裏腹に、フリルのワンピースは非常に良く似合っていた。
「か、可愛い……」
「こりゃとんでもない逸材だ」
イスカは目の前まで歩いてきて、俺の手を取り満面の笑みでぶんぶんと振る。言葉は分からなくても何となく分かる、これは感謝の合図だ。
うん、この笑顔を見れてよかった――。
服屋を出て俺たちは残った僅かな金で買い食いをしながらbeautyに向かう。
貰った金を使いきったことを、怒られなければ良いけど。
そしてbeautyの前、俺は意を決して店のドアを開けた。
「あらお帰り、看板娘はどんな格好になったのかしら?」
店長は興味津々という感じで急かす。
俺はドアを開けながらイスカに道を譲るとイスカは店の中におずおずと入ってきた。
「おおおお」
その可愛さに店長どころか、ダンジョン帰りなのか昼から飲んでいた冒険者たちも声を上げる。
「うん、看板娘としては可愛さ百点ね」
「それで貰ったお金なんですけど――」
俺は店長に服屋での経緯を全て伝えた。
「なるほどね、本来なら安い方を選ぶべきでしょうけど、あの子に勝てなかったと。まあ服に消えたのならいいわ、まさか足りなくなるとは思わなかったけど」
「すいません」
「看板娘は可愛くなったし良しとしましょう。それにイスカちゃんのあんな笑顔見たら気持ちはわかるもの」
イスカは冒険者たちにはやし立てられ、服を見せるように満面の笑みでくるくると回っていた。
「ちょっと動きづらそうだけど、あの子のやる仕事はそこまでハードじゃないしね。うん、可愛いし問題ないわ」
店長が心の広い人で良かった。
そして食事処beautyには可愛らしい看板娘が誕生した。
その後服屋では、イスカと似た服を作ってくれと大人用のサイズの注文が殺到したらしい。
どうやらイスカのおかげで、あの服はその後、女性冒険者の間でとしてちょっとしたブームになったらしい。




