第55話
「この姿になるのはどれくらいぶりかな」
ドラ子さんは自分の手を見ながら握ったり閉じたりしている。
まるで身体の可動を確かめるような動きをしていた。
「うん、問題なさそうだ」
「なんだ、また人型か」
「リーチも伸びたしこれで十分だろ?」
「準備はいいようだな……竜気!」
キリクは再び両手に竜気を纏い構える。それに対しドラ子さんは棒立ちのまま、指をくいくいと動かしてキリクを誘う。
「舐めるな!」
誘い通りキリクはドラ子さんに竜気を纏った拳で殴りかかる。
けどそこにはすでにドラ子さんはおらず、キリクの拳は空を切った。
「なっ!」
キリクはもちろん、それを見ていた俺とイスカも驚く。
ドラ子さんは一瞬でキリクの拳を躱し、あろうことかその手首を掴んでいた。
「っ……!」
「ドラ子さんが消えたと思ったらすぐ横に移動している……」
ただ横にずれただけのはずだ。
けど目では全く追えず、まるで本当に消えて現れた様に見えた。
そして手首を掴まれたままのキリクは固まっている。
「ほれ、次は何をしてくる?」
「そんな馬鹿な……」
キリクはドラ子さんを振り払うように拳を放つ、しかしそれも空を切りまたもドラ子さんが消えた。
「またか!今度はどこだ!」
「ここだよ。どうだ、力の差を思い知ったか?」
ドラ子さんは背後にいた。
「……いやまだだ!俺はもっと速くなる!」
キリクは背後に足払いをするがドラ子さんは跳んで避ける。
空中で身動きの取れないドラ子さんに向かいキリクは竜気を込めた両方の拳で連撃を放つ。
「捉えた!はぁ!」
「おお、本当に速くなってるな」
キリクの連撃はもう俺には何となくでしか見えない。ただドラ子さんは全てを躱していることだけは辛うじて分かる
「くっ……当たらない!」
「確かに速いがまだ余裕で受け止められるぞ?受けるだけならチビのままでも出来たな」
「なにを!」
今度は上段の蹴りと回し蹴りのコンボ、キリクはあらゆる手段でドラ子さんを攻撃する。けど全てが空を切る。
「だったら……!俺の本気を見せてやる!竜気!」
キリクは全身に竜気を漲らせる。
離れてみている俺たちの肌にさえヒリヒリと竜気は感じられた。
「こうなった俺の技は全てが必殺、食らえ!一閃脚!」
「む!」
斬るような蹴りが飛ぶ、ドラ子さんは紙一重で避けた。
「おお、危ない!でもせっかくこの姿になったんだ、それくらいやってもらわなきゃな!」
「まだまだ!落城崩!」
さらにキリクの攻撃は続く。次は掌底打ち。その一撃で空気の破裂音がした。ドラ子さんはこれもバク転で避ける。
「砕拳!徹甲肘!壊重踵!」
だけど連撃は続く。
しかしその全てが寸前の所で避けられキリクは焦っていた。
「くそ……!当たりさえすれば!」
「へえ、当たるとどうなるんだ?今度は真正面から受けてやるよ」
ドラ子さんは両手を前に出し構えた。本当に真正面から受けるつもりだ。
「だったら!」
キリクの目つきが変わる。
「極崩拳!」
「どりゃ!」
キリクは全体重を乗せた拳を放ち、ドラ子さんはそれを本当に真正面から受け止める。
互いの竜気がぶつかって大きな衝撃を生み出した。
飛び散った竜気は床や壁にヒビを入れ、いくつもの衝撃音が鳴る。
俺もイスカを守るため咄嗟に鍋を構えた。
「ぐっ……馬鹿な!無傷だと!?」
「俺はさらに強い竜気で防御しただけだ。竜気同士がぶつかればより強い竜気が勝つのは当然だろ?」
その証拠にキリクの拳から血が出ていた、見た目よりダメージを負ったのかキリクは拳を抑える。
「まさかこんなことが……俺の竜気が通用しないなんて」
「お前はまだ伸びしろがあるな。もっと鍛えることだ」
「だったらあんたが俺の師になってくれれば良いんだ!」
「またそれか、俺は弟子なんて取ってないって……」
ドラ子さんは呆れたように言う……ごめん、これは俺のせいでもあるかもしれない。
「だが、現にお前の元で大成した者がいるのは事実なんだ……さっきの約束は覚えているか?」
「約束?」
「次の攻撃が俺の最大にして最後の攻撃、奥義だ。これを受けて少しでも今のお前を越えることが出来れば弟子にしてくれ!」
「……いいぜ」
「ならば!」
キリクはかち上げるように拳を放つ。
少なくとも俺にはその拳に竜気は見えなかった。
ドラ子さんは何の変哲もない拳を片手でガードする。
だがキリクはガードを押し切って腕力でドラ子さんの体を宙へ浮かせた。
「うおっ!」
「まだまだ!ふん!」
キリクはさらに竜気で蹴り上げた、それによりガードの上からでも数メートル、ドラ子さんの体は浮かび上がる。
「うおぉぉぉ!」
さらに蹴りの攻撃は続く。
キリクはそのまま地面を蹴って空中でドラ子さんに一撃与えると、ドラ子さんはさらに高く蹴り上げられてしまう。
「これが俺の奥の手!」
蹴り上げられたドラ子さんが落下してくる。
そしてキリクは思い切り竜気を籠めた拳を突き上げた――。
「行くぞ奥義!竜断拳・昇破ぁ!」
「竜気!」
ドラ子さんはキリクの奥義を手から発した竜気の塊でガードする。
空中では竜気と竜気がぶつかり合い、衝撃と稲光を生んだ。
それによってこの階層全体が震える。
俺がイスカを抱き寄せながら衝撃を鍋でガードし続けた。
「おおおお!」
「さすがに強力だな!だが!」
ドラ子さんの竜気は大きく膨れ上がり全くキリクを寄せ付けない。
竜気の余波までは鍋で防御できない、ドラ子さんの竜気で全身の肌がヒリヒリする。
「これでも届かないのか……力が違い過ぎる!」
膨大な竜気に阻まれ、ついにキリクの奥義はドラ子さんには届かなかった。
二人はそのまま床に落ちてくる。
着地したキリクは同じく着地したドラ子さんの元に向かう。
そして拳と頭を下げた。
「ま……参りました、俺の負けです。これまでの非礼をお詫びします……」
「どうだ、俺の力思い知ったか」
「はい、確かに俺は強くなりましたが……それでもあなたには敵いませんでした」
「……誇っていい、最後の一撃、並みのドラゴンなら確実に倒せてたよ」
「……はい!」
強さを認められてキリクの返事は上ずっていた。
「これでやっとまともな会話が出来そうだな。ダンク休憩準備だ」
「ここでですか?まあいいですけど……」
俺は言われてすぐに準備に取り掛かった。
リュックから敷物を取り出してその場で広げ、ドラ子さんの要望で全員分のお茶の準備をする。当然その場に一緒にいるキリクの分も。
せっせとお茶の準備をする俺にキリクはキョトンとしていた。
ちなみにドラ子さんの姿は既に元に戻っている。
「まずは弟子の件だが本当に俺は今まで弟子を取ったことはない。教え子ってのは生活を面倒見ていたガキ共であって戦闘面での師事をしたことは一切ないしな」
敷物に座りお茶を啜るドラ子さんはキリクを諫めるように話す。
「お前は生活の面倒を見て欲しいガキじゃないだろ?」
「い、いや。しかしさっきその冒険者はあなたの弟子だと」
俺の方にドラ子さんとキリクの視線が刺さる。
「はぁ、それでお前はボコられたのか……こいつも弟子じゃねえ!」
「すいません、ドラ子さんを守るためのハッタリです」
俺はキリクに素直に謝った。
「……仲間を守るための嘘?……なら本当に弟子は取ったことはなかったのか」
「そうだ、そもそも俺には自分より寿命の短い奴を鍛えてやる趣味はない。どうせ死ぬし無意味だからな」
なんていうか本当に異種って感じの考え方だな。
「そういう意味では自力で竜化の法までたどり着いたキリク、お前ならワンチャンあるかもな。だからそのまま鍛え続けろ」
「おお。俺がやってきたことは無駄じゃなかったんだな!」
キリクはこれまで見た事ない嬉しそうな顔をする。
「でもそうか……今回のことは最初から俺の勘違いだったんだな。鍋の冒険者も、あんなに傷つけてしまった、済まなかったな」
鍋の冒険者て、結果的に俺はイスカに治してもらったからよかったけど、結構な重体だったしな。
「これからは人の言うことを最後まで聞いた方がいいよ、本当に」
「き、気をつけよう……」
「さて、問題も解決したし休憩は終わりだ。この先も鉄の扉があるんだったな番号は?」
「5012です。そこを越えればすぐ階段、次はボスですよ」
そう言えばキリクはボスじゃないんだった。
濃い戦闘をしたからすっかり忘れていたけどまだここは99階だ。この後ボスもあるのかぁ……。
「じゃあ俺は用が終わったのでこのダンジョンを降ります」
「ずいぶんあっさり降りるな」
「俺の用件は終わったので、色々ご迷惑をおかけしました」
そうしてキリクは頭を下げて去っていった。
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