第53話
96階、最初の分かれ道で俺たちは休むことに決めた。
ここまでパスワードを得るために何度も道を往復して結構な時間が経っていたからだ。
「この階層のギミックは単純だが攻略に時間がかかるな」
「ですがもう少しでこの階層も攻略できそうですね。俺的には別系統の強い奴っていうのが気になりますが……」
「そんなの行けば分かるだろ」
ドラ子さんはまるで興味がないのか敷物を広げながらそっけなく返す。
そんな中俺は晩飯の準備をしていた。
今日の晩飯は厚切りベーコンのリゾットだ。
「できた!熱いから気をつけろよー」
「わーい」
イスカとドラ子さんはさっそくリゾットを口にした。
「このチーズは凄くおいしいね、前に食べたのとは別物みたい」
チーズも熱を加えれば全然違うものになるからな、それこそ冒険者用の安い食料でも手を加えると結構変わってくるんだけど……あんまりやる人はいない。
それはみんな冒険のリソースは料理よりも命に直結する戦闘に回すからだ。
もっとみんな料理にも手を加えればいいのになぁ。
晩飯を終え俺たちは休む。
翌朝は晩飯の残りを簡単にアレンジしたもので済ませすぐに出発した。
この階も基本は今までと同構造だ。
頑丈な鉄の扉にパスワードを打ち込んで進む。
ただ、この階からは分かれ道が増え、パスワードを分けて持つモンスターまで現れた。
ドラ子さんは片っ端からモンスターを殴りまくった。
そして鉄の扉前――。
「えーと90と53」
ドラ子さんはモンスターから聞きだしたパスワードを打ち込む。しかし扉は開かない。
「パスワードが違います」
「じゃあ逆の53と90だな、パスワードの細分化なんてめんどうなことしやがって……」
ギミックが増えて先へ進む速度が落ちる。疲労がたまるのも昨日よりも早く、俺たちは道中で小休憩することにした。
お茶を入れながら革と紐で頑丈に密閉された包を解く。すると中からほろりと崩れそうな白い塊が現れた。
「なあに?これ」
「ハルヴァってお菓子だ、保存が効くって言うから買ってみたんだけど結構甘くてね。今まで出すのをちょっと躊躇ってたんだ」
一口分ナイフで切ってイスカに渡す。イスカは何の躊躇もなくそれを口に入れた。
「甘ーい!もっと食べる!」
結構ガツンと来る甘さだったんだけど、イスカには平気らしい。
「まあおいしく食べられるならよかった」
かなり甘いから食べ過ぎないように数を決めたけど、イスカはその分をあっという間に平らげてしまった。
そんなこんなで、休憩時間は終わる。
そして再び歩みを進めて、俺たちはダンジョン攻略を続けた。
ドラ子さんは再びパスワードを求めてモンスターを襲って鉄の扉をどんどん開いていった。
そして98階の階段前まで来る。
「そういや系統の違う強い奴ってのに会わなかったな」
「もしかして通らなかったモンスタートラップにでもいたのかもしれませんね」
「そりゃ面倒なくてラッキーだ」
そんなことを話しながら俺たちは階段を上る。そして99階、ドラ子さんは何かに反応したようにピタリと止まった。
「ここにいるな……」
「例の強い奴ですか?」
「ああ、この階全体の雰囲気が違う」
俺には今までとの違いが全く分からないけど、ドラ子さんは何かを感じ取っているようだ。
「……行くぞ」
ドラ子さんはそのまま静かに歩き始めた。
そこからはなぜか鉄の扉もなくしばらく一本道が続く、まるでボス部屋前みたいな雰囲気だ。
やがて俺たちは大きな空間に出た、その真ん中に静かにたたずむ影が一つ。
「ようやく来たか……」
影は言葉を発する。
言葉の主の見た目は背が高く鱗があり尻尾も翼もある。だが二足で立ち服も着ている。
そこにいたのは人の形をしたドラゴン、ドラゴニュートだった。
95階でモンスターたちが言っていた系統の違う強い奴って、おそらくこいつのことだろう。
言葉から察するに、このドラゴニュートは俺たちを待っていた?
「ようやく来た?誰か知り合いか?」
ドラ子さんは俺たちに確認する。
俺にこんな高等種族の知り合いはいない、イスカも知らないみたいで首を振る。
「悪いが誰も知らないみたいだ、人違いじゃないか?」
「俺が待っていたのはお前だ!ドラグヌス!」
ドラグヌス?それってもしかしてドラ子さんのことか?
それより彼はドラ子さんの知り合いか。
ドラゴニュートだもんな、ドラゴンであるドラ子さんと知り合いなのは不思議じゃない。
「えっ俺?」
けれど肝心のドラ子さんは本当に心当たりがないのかハテナを浮かべていた。
「すまんがマジで分からない……俺たち本当に知り合いか?」
ドラ子さんは困ったようにドラゴニュートに尋ねる。
「分からんのも無理はない、あんたにとって俺は有象無象の一人だろうからな」
「ああ、そう言う事か……」
ドラ子さんは一人納得したように頷いた。
「え、どういうことです?」
訳が分からず、俺が尋ねるとドラ子さんは教えてくれた。
「たまにな、俺の弟子になりたいって奴がくるんだよ。たぶんその一人だろう」
「弟子志願ですか……」
ドラ子さんはとてつもなく強い、その強さは単純に種族が違うからだけどそれでも色んな人を引き付けるのだろう。
「そう、俺はかつてお前に師事しようとしたが門前払いされた。俺の名はキリクという」
「俺の弟子になりたいって奴はいくらでもいるからなぁ。で?その弟子志願者がなんで俺のことを待ってたんだ?」
部屋の中央に立つキリクはドラ子さんに向かい語り始める。
「俺は弟子入りした時、弟子は取ってないと聞いた。だから諦めたんだ……なのにお前はその後、教え子としてA級の冒険者を二人も輩出した……俺は愕然としたよ。それと同時に悟った、お前は才あるものなら弟子に取ると」
そう言うキリクの顔は自嘲気味に笑っていた。
「いやぁあれは弟子じゃなくて教え子だしなぁ」
「何が違う!」
キリクの怒気で空気が揺れる。
「その屈辱から俺はお前を見返そうと死に物狂いで修業した!あの時、俺の才を認めなかったお前に土をつけるために……そして三週間前お前がこのダンジョンを攻略することを知った!」
「それでここで待ってたのか!?」
ドラ子さんは困惑している。
それはそうだろう、かつて弟子入りを断られた相手を見返すためとはいえ、わざわざダンジョンの奥で待っていたのだから。
「仕方がないだろう!お前はずっとギルドにこもりきり。戦える場所なんてダンジョンくらいしかなかったんだ!だがお前がずっとこもってたおかげで俺は対竜技を極めて竜化の法まで身に着けた」
彼は元は人間だったのか。
「ドラゴンには生半可な攻撃は通用しない、だから俺はドラゴンにも通用する竜気を操れるよう修行した。ドラゴンならではの竜気、その力を身をもって味わえ!」
「要するにこれは逆恨みってやつか?」
「そう受け取ってもらってもかまわない……改めて、俺の名はキリク!お前が見逃した才ある者の一人だ!」
キリクはドラ子さんに掴みかかろうとする、しかしドラ子さんは寸前でそれを躱した。
「悪いがそういう復讐みたいなのを受けると同じようなやつが同じことをしてくるから受け付けないことにしている。お前の名前も動機も分かった。けど俺がそれに付き合ってやる必要はないよな」
「弟子の志願も断り、手合わせもしないつもりか!?」
「お前は十分強いよ、俺なしでもそこまで行ったんだ、それでいいじゃないか。俺にこだわる必要ないだろ?」
「お前は俺の起源なんだよ、どういう形であれどこかで手合わせしないと俺の気が済まない!」
今度はキリクは本格的に拳を連続で放つ。
幾つかはドラ子さんに掠ったけど今のところ何とかキリクの攻撃を避けられている状態だ。
何だかドラ子さんが押されているような気がする。
「そらそら!これでも戦わないというのか?」
「くっ!」
押されているような気がするんじゃない、これは実際にドラ子さんが押されているんだ。
「お前が戦わなければいけない理由はもう一つある。この先に鉄の扉があるんだ、俺はその番号を知っている。勿論勝たねば教えないぞ」
キリクの言葉にドラ子さんは溜息をついた。
「はぁ、しゃあない、あんまり相手したくないが……やるしかないか」
そう言うドラ子さんは改めてキリクの前で構えた。




