第40話
「こりゃグロースシャーフだな」
ドラ子さんがまず教えてくれたのは見えているモンスターの名前だった。
「強いんですか?」
「戦えばな、だがこいつらはこっちから危害を加えなければおとなしいし、遥か昔には家畜化されていた。見た所ここにいるのも家畜だろうな」
「じゃあ危険は無いってことですね」
俺は安心していると一頭のグロースシャーフが近づいてきた。デカいものがこんなに近いと迫力あるなぁ。おとなしいって話だし大丈夫だよな?
だけど一応警戒のためドラ子さんは前に出てグロースシャーフと対峙する。
「……」
驚かせないためかドラ子さんは威圧はしていない。
その証拠にグロースシャーフは鼻を近づけドラ子さんの匂いを嗅いでいるだけだった。
そして最後にペロッとドラ子さんをひと舐めする。
「ぎゃっ!」
ドラ子さんは軽く悲鳴を上げる。
ひと舐めと言ってもその巨体の舌は大きくドラ子さんの全身がベトベトになる程だった。そして何より凄く唾液が臭い。
そんなこともかまわずグロースシャーフは去って行った。
「あのやろー好き勝手して行っちまった……まあこんなふうにあいつらに基本害はない」
俺とイスカはドラ子さんから少し離れる。
「ドラ子さん……」
「臭いです……」
俺とイスカは交互にそう口にする
「分かってるよ!今水浴びるから待っとけ!」
そう言ってドラ子さんは魔法で空中から水を出し服ごと浴びる。その次に炎の魔法で全身を乾かしてすぐに元通りになった。
「やっぱ魔法って便利ですね」
「だろう?さて、次の階への階段は見えてる訳だが……」
俺たちは改めてこの階層を見渡す。
「謎の建物がいくつかありますね」
「それも気になるが今は落とし穴の話だ」
「はぁ、でもドラ子さん、ここいたる所にグロースシャーフいますよ。落とし穴があるなんて……」
「下の階にもあったんだ、俺はこの階にもあると考えるのが――じゃあまずはそれを確かめるか」
「はい」
俺は鞄からロープを取り出した後ドラ子さんと共に互いの体に結び付ける。
「戦いにならないとは言えここにはグロースシャーフがいるからな、今回はイスカも後について来てくれ」
「ヴィ!」
イスカは手を上げて元気よく返事した。
「じゃあ進むぞ、とりあえずあの階段目指してまっすぐだ」
それから俺たちは進み始める、だが五分もしない内に先を歩くドラ子さんが落とし穴に引っかかった。
「な?」
落とし穴の中、ロープで宙吊りになりながらドヤ顔で言った。
「いや、な?じゃなくてそっちからも上って来て下さいよ……」
ドラ子さんを引き上げた後、俺たちはその場で作戦会議を始める。
「この階の草は丈が高くて視界が悪くなる、こんな落とし穴があれば余計に進みが遅くなるな」
「でもどうしてグロースシャーフはこの落とし穴に引っかからないんですかね」
「たぶん落とし穴に重さ制限があるんだろう。それにあの巨体だ、万が一足一本引っかかっても問題ないだろう」
落とし穴の大きさは一メートルくらいの正方形、確かにこの大きい羊なら体の一部が穴に嵌っても抜け出せるだろう。
「なるほどなあ、でもここからどうします?下の階みたいに地道に落とし穴探って進みますか?」
「いや、俺に考えがある。ダンク、岩塩はあるか?」
「あ、ありますが……いったい何を?」
「まあ見てろって」
俺はリュックから岩塩を取り出しドラ子さんに渡した。
ドラ子さんは渡した岩塩に釣り用の糸を結びつける。
「手頃な棒は……まあ魔法で何とかするか」
そうして魔法でさっきの水を棒状に凍らせて釣り糸を括りつけた。
「どうだこれ、凄いだろ?」
ドラ子さんは自慢げに作った物を見せた。氷の竿でできた釣り竿、エサは岩塩だ。
「凄いと言われても……」
「そのエサで何を釣るの?」
俺もイスカも首を傾げる。
「こいつらグロースシャーフが落とし穴に引っかからないなら、こいつらに運んでもらえばいいんだよ。その為の餌だ」
俺はドラ子さんに説明されても理解できず再び首を傾げる。
「岩塩がグロースシャーフの餌になるんですか?」
「はぁ……これだからダンジョンしか潜らない冒険者は……家畜ってのは塩を舐めるのが好きなんだ、だから岩塩で釣る。その証拠にほれ」
ドラ子さんは岩塩を頭上に掲げると数頭のグロースシャーフがノソノソと近づいてきた。
複数の巨大な羊が岩塩に釣られてきた、なんだかすごい圧迫感だ……岩塩、恐るべし。
「じゃあ一番最初にここにたどり着いたこいつの背中に乗せてもらおう、ほれダンク持っとけ」
一頭のグロースシャーフを選んだドラ子さんは、俺に氷の釣り竿を預けた後、俺の首根っこを掴んでグロースシャーフの背中に放り投げる。
「おわっ!」
その後、ドラ子さんもイスカを抱えてグロースシャーフに飛び乗った。
「よし、ダンク、こいつの頭の上に乗って釣り竿を垂らせ。そうすれば前へ進むはずだ」
俺はドラ子さんの言う通り岩塩が縛られた釣り竿をグロースシャーフの頭の上から垂らす。
そのサイズはぴったりで、糸の先の岩塩がちょうど鼻先に来る位置だった。
岩塩に反応したグロースシャーフは前へ進む。
「おお、進んだ」
しかしいくら進んでも岩塩に届くことはない、グロースシャーフは目の前の岩塩を追って俺たちを乗せたまま歩き続けた。
数分後、俺たちは無事階段前にたどり着く。
「何の支障も無く階段に来れたな」
「ですね」
俺たちはグロースシャーフから降りる。
「ねぇねぇじゃあこの岩塩はここまで連れてきてくれたこの羊さんにあげようよ」
イスカは羊を撫でながら提案する。
「いい考えだイスカ。じゃあこれやってくれるか?」
俺は糸から岩塩を外しイスカに渡す。
「いいのか?料理で使うんだろ?」
「大丈夫ですよ、塩は重要だから岩塩は何個かありますし」
「ふーん、まあ料理係のお前が言うなら好きにしたらいい」
ドラ子さんとそんなふうに話してるとイスカはグロースシャーフの前に立ち岩塩を見せる。反応したグロースシャーフはイスカに鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「ありゃイスカごと舐められるな。おーいイスカー、食われるなよー」
ドラ子さんはイスカに注意を促す。けどイスカはその岩塩をいきなり上に放り投げた、するとグロースシャーフは見事口でキャッチする。
「ナイスキャッチ!」
「ンメェェェェ」
岩塩を口にしたグロースシャーフはそう鳴いてから俺たちの前から去って行った。
「ちぇー、舐められたのは俺だけか」
ドラ子さんは水の魔法を用意してたけど出番は無くつまらなそうにそうつぶやいた。
改めて状況を確認する。
遠くから見えた謎の複数の建物は意外と階段のすぐ近くにあって、草も綺麗に整備され道が伸びていた。まさに行ってくださいと言ってるみたいに。
「階段は上がれるんだし、わざわざ寄り道しなくてもいいと思うんだが……」
「まあまあ、すぐ近くだし何よりイスカが行きたがってますから。はいロープ結んで」
あまりの気が乗らないようで、ドラ子さんはダラダラと自身にロープを結ぶ。
「じゃあいつもの通り俺が先頭行くぞ、と言ってもすぐそこだがな」
ドラ子さんの言う通り三分もたたずに建物の前に到着する。
「落とし穴はなかったな、まあさすがにこんな規模の建物には落とし穴はないだろう」
ロープを外しながらドラ子さんは言う。
建物は木造で小屋より大きい程度の平屋。看板こそないけど外観はどこかお店っぽかった。
「入るぞー」
何があってもいい様にドラ子さんが扉を開ける、そして飛び込んできた光景は――。
「……ここは、服屋だな」
ボソッとドラ子さんはつぶやいた。
ドラ子さんの言う通り、透明なケースの中には服を着た人型が並べられていた。
なんでこんな上の階に服屋があるんだ?




