第14話
ついに18階、俺が足を踏み入れたことない階層にたどり着いた。
ここからは俺の少ない経験も一切通用しない、緊張しながら一歩踏み出した。
「何緊張してんだ、さっさと行くぞ」
そんな俺の心情も一切考慮せずドラ子さんはずんずんと先へ進んでいってしまった。
「俺にとっては初めての階層なんだから緊張しますよ、どんなモンスターがいるか分からないし」
「どんなモンスターがいても経験値の肥やしだ。それにこれからもっと上へ上がる、お前の知識が通用する方が少ないんだぞ」
「はぁ……わかってますよ」
「ドンマイ」
そうして俺もイスカに腰を軽くたたかれながらドラ子さんの後に続く。
自分からパーティを抜けた身だけど、やっぱり階層の更新は仲間たちとしたかったという思いが心の隅にあった。そう言えばあいつらはどこまで進んだのかな、ここまで会ってないけどもっと先に進んでるのだろうか。
なんて考えてるとこの階でもレベリングが始まった。
感傷に浸る暇もなく18階を突破し、ついにボス前である19階まで迫った。
「今日はここまでにしとくか」
ドラ子さんは少し開けた空間で立ち止まり、俺も戦闘体勢を解除した。イスカも一気にダンジョンを登って疲れたという顔をしていた。
「ふう、じゃあここで休みますか」
俺は荷物を下ろし今日の料理の準備をしようとする。するとイスカが俺の服の裾を引っ張り何かを伝えようとする。
「ダンク、うーうー」
「どうしたイスカ?」
イスカが口をパクパクさせていると、ドラ子さんがその意味を教えてくれた。
「イスカはお前に言葉を教えて欲しいんだってよ」
「これから料理が……いや、じゃあイスカに手伝ってもらおうかな」
「おー」
俺の言葉を理解したイスカは両手を上げながらやる気を見せた。
「じゃあドラ子さん、火を」
俺はその辺にある材料で簡易的に焚き火を作り鍋を乗せた。その横にベーコンを用意する。今日はイスカも手伝えるようにベーコンに火を通すだけにしておこう。
俺は肉を指差し、イスカに言葉を教える。
「イスカ、肉がある方が右だ。にく、右」
イスカも肉を指しながら俺の言ったことを復唱する。
「ニク、みぎ!」
「そうそう!右!」
今度はイスカは何もない右側を指差し質問するように喋った。
「みぎ?」
「そう、そっちが右だ何もなくても右側」
その行動に俺も親指を立てて肯定する。するとイスカは理解したのか嬉しそうに右を連呼する。
続いて俺は鍋の方を指し再び方向を現す言葉を教える。
「イスカ、鍋は左だ。なべ、ひだり」
「ひら……り?」
「左だ、ひだり」
「ひだ……り、ひだり!」
「そうだ!凄いぞイスカ!」
「みぎ!ひら……ひだり!」
「ばっちりだ、イエーイ」
俺とイスカはその場でハイタッチする。
それを見ていたドラ子さんは呟いた。
「お前ら楽しそうだな」
「何でも楽しい方が捗るじゃないですか、言葉を覚えるのも料理も」
「そんなもんか」
それから俺はベーコンを摘み、イスカの目線より上へ持っていく。
「イスカ、次は上だ」
「うえ?」
俺は更に肉を上にあげて、開いている手で肉を指差す。
「そう、上」
するとイスカも上に掲げられた肉を指さし復唱する。
「うえー」
「うん、イスカは天才だな!」
続いてイスカは下を指さしながら俺の名前を呼ぶ。
これは下方向の名前も覚えたいという事だろう。天才の上に覚える意欲がある、なんて偉いんだ。
俺はすかさず同じ方向を指さし言った。
「下」
「し、た?」
「そう、下」
俺はそう言いながらつまんでいた肉を下に移動させ熱せられた鍋に置く。するとジューという音と共に辺りに香ばしい匂いが漂ってきた。
今日のメニューは厚切りのベーコン焼きだ。イスカも手伝ってくれるんだから簡単なものの方がいいだろうし。
「さあイスカ、右の肉を皿の上に乗せていってくれ」
「みぎ、うえ、おー!」
そうしてイスカと並んで今日の料理が始まった。
料理中イスカは確認するように終始方向をつぶやいていた。
二人で肉を焼けばすぐに料理は終わってしまった。
皿に肉を乗せドラ子さんが用意しておいてくれた敷物の上に持っていく。
「さあできた、デザートはコンポートだよ」
三人で肉の皿を囲むとドラ子さんはイスカに進捗を聞く。
「どうだイスカ、方向覚えたか?」
その言葉にイスカは腕全体を動かし答える。
「みぎ!ひだり!うえ!した!」
「やるじゃないか」
ドラ子さんの褒め言葉にイスカは得意げに胸を張る。
「だがまだ覚えることはあるぞ、前と後ろだ」
「まえ?うし?」
ドラ子さんはしたり顔で新たな方向を教え始める。自分も教えたかったのかな。
フォークで刺した肉をイスカの目の前に指し出しドラ子さんは言った。
「これが前だ」
「まえ?」
イスカはきょとんとした顔で肉とドラ子さんを交互に見る。
そしてドラ子さんはイスカの後ろへ移動して言った。
「これが後ろだ、イスカの言葉では%$~*`だな」
「おお!まえ!うしろ!」
イスカはドラ子さんの言葉にハッと反応して、前と後ろの確認をしながら頷く。
やっぱりイスカの言語が分かっていると教えるのも早いな。
その後も肉を食べながらイスカは覚えた方向を口に出し、反芻させていた。
「よし、これでイスカとも連携が取れるようになるな。明日、早速フォーメーションを試してみよう」
イスカは寝る直前まで身振り手振りで方向の確認を俺に求めていた。
「ひだり!まえ!」
「そうそう、合ってる」
確認に付き合っているうちに、俺たちはいつの間にか眠ってしまっていた。
そして一夜明け19階モンスタートラップ前で再びフォーメーションの確認をする。
「動きは昨日確認した通り、俺が前に出て三匹そっちに通す。今回はせめて10分くらいは持たせて欲しいな」
「うっす!」
俺は気合を入れて返事をする。
「じゃあ、行くぞ」
ドラ子さんを先頭に俺たちはモンスタートラップの中に入る。
モンスターが現れた直後、ドラ子さんはモンスターに飛び掛かる。
俺は鍋を構えイスカにディフェンスブーストをかけてもらいこっちの準備は完了した。
それを確認したドラ子さんは三匹のモンスターを見逃しこちらに向かわせる。
ドラ子さんのことだ、俺の力を見るためにモンスターの構成は恐らく昨日と同じく一体は範囲攻撃を持つモンスターだろう、これを見極めるのが肝になる。
まず向かってきたモンスターはこん棒を手に持つ小さなゴブリン。こういう分かりやすい攻撃してくる奴は簡単だ、いなしてもいいしアタックガードで吹っ飛ばしてもいい。
けど他の二体が見た目からどんな攻撃をしてくるか分からない、ここは最小限の動きでいなしておこう。
二体目のモンスターは、イスカより一回り小さい六本の足を持つ虫みたいなモンスター。
初めて登った階層だから当然このモンスターも初めて見る。
注意深く観察しているとモンスターは前足をこすり合わせる、するとパチパチと音が鳴った。そしてモンスターが前足を伸ばすと次の瞬間、辺りに電撃が走る。
「こいつが範囲攻撃モンスターか!」
俺はとっさにイスカと距離を詰めて、電撃をなんとかガードする。
「危なかった……」
三体目のモンスターは大きな牙を持っている蝙蝠みたいなモンスター。羽ばたきながら宙に浮いているそのモンスターは牙を向けて迫って来た。
「アタックガード!」
こいつはスピードこそ速いが体もそんなに大きくないし、アタックガードで距離さえ開ければ他の二体に集中できる。
三体目を吹っ飛ばした後、俺は再び虫型のモンスターの前足がパチパチと音を立てているのに気が付いた。
「虫のモンスター、次の攻撃までの時間が短いな……」
俺はそう呟きながら再びイスカの元で電撃を防いだ。
「攻撃の頻度が前のモンスタートラップの時より速い、ドラ子さんわざと強いモンスターを選んだな」
次にゴブリンがこん棒を持って向かってくる。マズい、これじゃ一息つく暇もない。
「ダンク!みぎ!」
突然イスカの方から大きな声が発せられる。言われた方向に視線を向けると蝙蝠型のモンスターも右から牙を向け迫って来ていた。
宙を飛んでいる分その速度はゴブリンより早く、先に攻撃がヒットするのは蝙蝠のモンスターだろう。
「だったら!」
俺は鍋を斜めに構えまず蝙蝠のモンスターに備える。そして迫って来た蝙蝠の牙をスキルで弾き飛ばす。
「アタックガード!」
弾き飛ばした先はちょっと角度を変えてゴブリンの方へ。すると反射ダメージが乗った蝙蝠のモンスターとゴブリンは衝突して両方のモンスターは倒れた。
「へぇ、やるじゃん。けど減ったら増やすぞ」
その光景を見ていたドラ子さんは俺を褒めつつも倒れた分のモンスターと同じ数のモンスターを俺たちに向かわせた。
虫のモンスターの電撃を受け一息。イスカからディフェンスブーストもかけてもらい、俺は再び三体のモンスターに向け鍋を構えた。
そして数分後――。
「まあこれだけ防げりゃ十分だろう。イスカの守りはできるな?」
ドラ子さんは時間をかけて敵を全滅させる。戦闘終了後、俺は肩で息をしていた。
「はぁはぁ……これくらいのレベルならなんとかなりますね」
「ガード中モンスターも倒したしな、上々だ」
戦闘中何度か、いや、結構な頻度で後ろで見ていたイスカに助けられた。正直ここまでできたのはイスカのサポートのおかげでもある。
「イスカはお前の役に立てて嬉しいみたいだな」
戦闘が終わり、当のイスカは戦闘中指示を出せたことが気に入ったのか戦闘が終わっても方向を声に出し遊んでいた。
「うえ!みぎ!」
そんなほのぼのとした光景を見ているとイスカと目が合う、するとイスカがトコトコ俺の方へ近づいてきた。
「ダンク!」
「イスカ、モンスターの位置を教えてくれてありがとな。おかげですごく戦いやすかった」
俺は戦闘中すごく助かったイスカの指示に感謝を伝える。
「ダンク、うーうー」
けどイスカは拳を握り悶えるように唸り出した。
「ど、どうしたんだ?」
「イスカはもっと話したいんだよ」
「あー」
ドラ子さんは宝箱を漁りながら教えてくれた。そう言えば最初にあった時もめっちゃ喋ってたなぁ。本来おしゃべりな性格だとすると今の状況は結構もどかしいのかもしれない。
「ドラ子さん言葉分かるんだし話聞いてあげればいいじゃないですか」
「論点が散らかる子供の会話は苦手なんだよ……」
「な、なるほど。でもおれも言葉が分かるわけじゃないし……イスカの言葉を学ぶのも禁じられている。イスカがこっちの言葉を学ぶのを待つしかないですよね」
「まぁその前にダンジョンを制覇するからお互いの言葉なんて学ぶ時間は無いけどな。イスカ&%~#"」
「ヴィ」
ドラ子さんは宝箱からポーションを取り出しイスカに渡し、イスカはそれを俺に渡す。ドラ子さんなりに気を使ってくれたんだろう。
「イスカ、ごめんな。俺もイスカと話したいけど……」
「ん」
今の俺には知識も学ぶ時間も無い。イスカのもどかしさを何とかできればいいけど……。
「さて、次は20階のボスだな」
ドラ子さんが話を変え落ち込んだ雰囲気を変えてくれた。
「ボスもこのフォーメーションで行ってみようと思う。わざと時間を引き延ばすようなことはしないが、イスカの守りを任せるぞ?」
「わ、分かりました。20階はどんなボスですか?」
「20階からのボスはランダムだ。10階以降のモンスターはどんな種族でもボスになりうる力を秘めている。よって出会ってからじゃないと対策はとれない」
「え、そうなんですか?」
「ああ、10階以降は基本的に半端な群れなんかより強個体の方が強い、もちろん例外はあるが」
「じゃあボスの部屋に入ったらいきなり全滅なんてことも……」
「中級者未満の冒険者にはよく聞く話だな。まあ、お前なら大丈夫だろう、たぶん……」
最後の一言が非常に気になったけど、対策が取れないなら万全を期すしかない。気を引き締めて行こう。




