93.退院
教育委員会の人々は事務的な作業を完了し、職場に戻っていった。
清水さんも役場に戻ることになった。
「あれがオルダの共鳴なのかと思うと、この先の生活が少し不安になります」
清水さんはげんなりした顔で言った。
「千代の子のオルダは別格ですよ。普通はあそこまでうるさくないです。五十嵐の話では骨の中に複数のオルダがいたということなので、その分共鳴が激しく、うるさく聞こえたのではないかと思います」
オレは答えた。
「普通のオルダの共鳴を試したければ、延命寺に行くとよいと思います。敦子さんが契約しているオルダか、あるいは階段を昇った先にある地蔵の石にいるオルダか、普通の共鳴を確認できますよ。あ、享保二年の庚申塔でも確認できますよ、きっと。黙光寺だけは五十嵐が既に挨拶済みなので共鳴しないと思いますが」
「延命寺さんにもオルダがいるんですか?」
「はい、いました」
「そうなんですね。では、役場に帰る前に一度訪ねてみます。そしてお話を聞いてみます。ああ…」
と清水さんは思い出したように残念な顔をした。
「このあと東京に帰られるんですよね」
「はい」
「オルダについて相談できる人がいなくなるのは不安です」
清水さんは言った。
「あの、オルダのことで聞きたい事が出てきたら連絡したいのですが」
「分かりました」
「では、連絡先を教えてください」
オレと畑谷は清水さんと連絡先を交換した。
その後、
「延命寺に行ってみます。それでは道中お気を付けください」
と言い残し、清水さんは延命寺に向かった。
「それでは我々も署に戻ります」
と、香川さんはオレと畑谷(と五十嵐)の方を見た。
「鬼虎の骨について、何か異常が見つかったら教えていただけると嬉しいです」
「ふむ、守秘義務に触れない範囲でお伝えするようにします。お二人も、オルダに関して何か注意すべき事柄が新たに出てきましたら、ご連絡いただけると幸いです」
「分かりました」
そして香川さん、松井さん、そして検視官の人々は署に戻っていった。
「じゃ、オレらも診療所に戻るか」
「そうっすね」
オレは五十嵐を見た。
「もう普通に歩けるのな」
「自分でも驚く」
「今日退院するの?」
「医者がOKなら、退院して早く家を確かめたい。3か月も留守してたら、自宅のカギ取り換えられてそうで…」
「ああ、家賃引き落としじゃないのか」
五十嵐は頷いた。
「ま、とりあえず診療所だな」
オレたちは診療所に戻った。
午前の診察の受付は終了していて、順番待ち人が1人待っている状態だった。待合所を通り過ぎ、2階へと上がった。
オレと畑谷は荷物をまとめ終わっているため、あとは医者と看護師に挨拶するだけである。
一方、五十嵐は前提として退院できるかどうか医者に確認する必要があるが、とりあえず退院できるように荷物をまとめるということだ。
オレたちは自分たちの荷物を持って、五十嵐の部屋を覗いた。案の定というか、まとめるべき荷物は殆どなく、この村に来た際に来ていた服をカバンに詰めるだけである。
トイレを済ませ、5分ほど経った頃、オレたちは荷物を持って1階へと降りていった。
すると、待合所にいた大川さんが立ち上がってオレたちを見た。
「こんにちは。本日、東京へ帰られると聞きました」
オレと畑谷は、大川さんに会釈をして答えた。
「はい、帰ります」
大川さんはオレたちと共に降りて来た五十嵐に気づいて、目を丸くして驚いた。
「お話は伺っていましたが、本当に歩けるまでに回復されたのですね」
五十嵐は大川さんに話しかけられ、戸惑いながらオレを見た。
「村役場の大川さん。お前が眠っている間、いろいろと手続きしてくれていた人だ」
大川さんは、
「根音村役場の大川です」
と名乗った。
五十嵐は小さく頭を下げた。
「五十嵐です。この度は大変お世話になりました」
「今日五十嵐さんが退院するかもしれないと聞きまして、だとしたら、こちらをと思いまして」
大川さんはカバンからA4サイズの紙を3枚取り出して、五十嵐に渡した。
五十嵐は紙を見て、一度大川さんを見た後、再び紙を見た。
「請求書…」
オレと畑谷は五十嵐が凝視している紙を覗いた。
「これ、ヤバいっすね」
そこには、これまでに村役場が負担していた費用が載っていた。畑谷の言う通りヤバい金額が記されている。保険証を持っていない状態だったため、保険が利かず、全額負担になっていたようだ。
「2か月分ですが、いますぐお支払いいただくのは無理かと思いますので、こちら」
大川さんはそう言って、五十嵐に紙をめくらせた。
「こちらの村役場の口座番号にお振込みいただければと思います」
五十嵐は小さく頷いて「はあ…」と息を吐いた。
オレは気になったので、大川さんに訊いた。
「2か月分? 3か月ではないんですか?」
「今月分はまだ診療所からご請求いただいてないので」
「あ~、なるほど」
そして、オレは五十嵐に言った。
「よかったじゃないか。今月分は保険が適用される」
「それ、フォローになってねーよ」
そこへ医者と看護師がやってきた。
「午前の診療が終わりました」
医者が言った。
五十嵐はスタスタと医者と看護師の方へ歩いていき、
「俺、今日退院します!」
医者と看護師は五十嵐の勢いにおののいて、
「お元気そうですね。退院しても大丈夫でしょう」
医者が苦笑いで答えた。
「事務手続きはほぼ完了しておりますので、受付にどうぞ」
と看護師が受付を指し、その後受付の内側に回った。
五十嵐は看護師に言われた通り、受付の前に歩いて行った。
「今月の入院日数が26日となり、お食事が2日分で、料金はこちらになります」
看護師は五十嵐に請求書を見せた。
「カード…使えます?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、カードで」
「お支払い回数は?」
「一括で」
五十嵐の退院手続きが一通り終わり、五十嵐と看護師がこちらに戻ってきた。
そのタイミングで医者が手を叩いた。
「さて、五十嵐さんも無事退院ということで、みなさんとは本当に今日でお別れになりますね」
「はい、お世話になりました」
「宿として利用させていただき、助かったっす」
「いえいえ、我々もお二人に来ていただけて本当に助かりました」
医者の言葉に、看護師も続いた。
「五十嵐さんも神主さんも退院できたというのは、私どもにとっても大変喜ばしいことです」
毎日五十嵐の体拭きや尿の交換がある上、神主の体拭きと尿の交換まで加わっていたら医者と看護師は過労で倒れていたかもしれない。そう思うと、この二人の言葉に嘘は無いと思った。
医者と看護師、そして大川さんはオレたちの車までお見送りに来てくれた。
オレたちは車に乗り込み、窓を開けた。
「お世話になりました。それでは失礼します」
そう言って頭を下げて、車を発進させた。
「お気をつけて~」
オレたちの車に向け、3人は姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。




