89.夕方
長命寺の用件を終え、オレたちは車に戻った。陽はすっかり赤くなっている。
「この村来てから、今まで経験したことのないことしてる感じがするっす」
畑谷がエンジンをかけながら言った。
「最初は探偵みたいだなとか思ったり、途中から刑事のような体験をしたり、歴史学者のようなことをしたり、今は医者の助手のように人助けしたり」
確かにその通りだ。それは畑谷だけではない。オレも思っている。
「なんか…楽しいっす」
「それは良かった。じゃあ、ノーギャラでもいいか」
「あ~、それは無しっす。絶対にどこかでオルダは見つけて帰りましょ」
車は診療所に向けて走り出した。
笹嶺神社を通り過ぎた時、畑谷が感慨深げに言った。
「明日ここに来たら、俺らの任務は完了っすね」
「そうだなぁ」
「診療所での夕飯も今日が最後になるんすね。なんか寂しいっすねえ」
「そうだなぁ。先生と看護師さんには礼を言わないとなあ」
「そうだっ! 2人の分もビール用意しません? 飲めるか分かんないっすけど」
「じゃ、商店寄って帰るか」
オレたちは行き先を商店に変更した。
商店に到着し、店内に入ると店主の一声は「いらっしゃいませ」ではなく、
「おたくら凄いな」
だった。
「あっこから連絡きたさよぉ。耳鳴りを直したずら」
「はい、無事」
「てっ!すごいじゃん」
「いえ、お役に立ててよかったです。あ、ビール冷えてるの2缶ください」
店主の後ろにあるアルコールが入った冷蔵庫を指して言った。
店主はビールを2缶出して、
「成功報酬。持ってけし」
「いいんすか?」
「おいの気分いいでな」
オレたちは「ありがとうございます!」遠慮なくビール2缶いただくことにしたが、あまり儲かっている感じのしない店でこのまま出ていくのも申し訳ない気がして、
「畑谷君、何かつまみになるもの作れる?」
「ロシア料理でっすか?」
「そうそう」
「この前諦めた作ろうかな。材料あるかな」
畑谷が挽き肉、ニンニク、玉ねぎ、パセリ、バターをレジ台に置いた。
「何作るの?」
「ペリメニっす。ロシア風水餃子っすね」
「ふーん」
ついでにチョコレートも置いて、代金を払い、店を出た。
店を出るとき、店主はちゃんとオレたちを見て「今日はあんがとな!」と言った。
車を走らせて数分で診療所に到着した。裏口のインターフォンを鳴らすと、看護師が顔を出した。
「おかえりなさい」
「今日は先生が夕飯係なんですね」
「そうなの。味気ないと思います。申し訳ないです」
「俺、今日も一品作らせてもらっていいっすか? 材料も商店で買ってきたっす!」
畑谷が材料を看護師に見せると、看護師は目をキラキラと輝かせた。
「それは嬉しいです! でも、畑谷さんの料理との落差で食欲がなくなってしまうかもしれないわ」
看護師の痛烈な批判を聞いて、絶賛料理中と思われる医者に悪いような気持ちになってしまった。
診療所に入り、オレはシャワーを浴び、畑谷は生地を捏ねると言って医者の家に入っていった。
シャワーから出てくると、五十嵐が夕食を食べ終わったタイミングだったようで、廊下で歩く練習をしていた。昼間のヨタヨタ感が薄れ、普通の歩き方に近づいてきている。やはり回復は早い。
「歩けてんじゃん」
オレが話しかけると、五十嵐は、
「今日、ずっと歩いてるからね。いつまでもここにいたら入院代かさむし」
「入院代払えそう?」
「ここ来る前にそこそこの金入ったし、それでなんとかなると思う。ただ、この先が不安だ」
「この先?」
「オルダハンター引退することになったら、俺、何の仕事したらいいのか。オルダハンターやってる記憶しか無ぇし、他にどんな仕事が出来んのか想像もできねえ」
「オーナーに責任取れよって言えば?」
五十嵐は目を丸くした。
「おまえがこうなったのも、元を正せばオーナーの依頼が原因なんだし」
香川さんと初めて会った時にいわれたことを、五十嵐に言ってみた。
「その手もアリだな。朱里さんの同僚的な?」
オレは頷いた。
「サンキュ。その手いただくよ。あんたはどうすんの?」
「オレはオルダハンターを続けるよ。まあ、東京に戻ったら暫く遊ぶけどね」
「違う違う、いつ東京に帰るの?」
「ああ、そっち。明日かな。星影神社の神主も、お前も、無事目が覚めたし、オルダの巣は使えねえし。もうやることねえからな」
「じゃあ、オーナーに言っといて。俺を正社員で雇えって」
「それは自分で言えよ。もし交渉決裂しそうになったら、援護射撃くらいはしてやるよ」
五十嵐は「ケチ」と言って、再び歩く練習を始めた。




