87.長命寺
本堂に登る前に、一度車に戻り、念のためと仕事道具を手に取った。
長命寺と書かれた門をくぐると、目の前には130段の始まりが見えた。視界に入るだけでも30段くらいある。
「これ、頂上まで何分くらいかかるんすか?」
畑谷が住職と敦子さんに苦笑いで聞いた。
「10分くらいですかね」
住職が答えた。
「10分離れてればオルダも共鳴しねえな」
オレが言うと、畑谷は「納得です」と頷いた。
そして、オレたちは地獄の階段を昇り始めた。住職と敦子さんが前を歩き、オレたちがついていく形である。
日頃のオルダ探しで歩いているので足腰には自信はあったが、一段の幅が広く、段の高さもまちまちのため、3分くらいで腿のあたりが辛くなってきた。
「住職さんは週に何回のペースで昇るんすか?」
畑谷が住職に話しかけた。気持ちは分かった。会話でもしないと、しんどくなってくる。
「毎日ですよ」
「すごいっすね」
「慣れです」
森の中の石段をひたすら昇っていく。景色があまり変わらないから、妙に長く感じる。
更に5分ほど経った頃だろうか、オルダが鳴き始めた。それは畑谷も同じだった。
「キタっすね」
畑谷が言った。
「キタな」
オレたちは階段を昇りながら耳栓を装着した。
ほぼ同じタイミングで、敦子さんが住職に不安そうに話しかけた。
「いつもこの辺りで耳鳴りが消えるのに、今日は耳鳴りが強くなってる…」
敦子さんが契約してしまっているオルダが、オレと畑谷のオルダと共鳴したのだろうと予想する。
「原因は確実に近づいてます。そこに着けば、おそらく解決します」
オレは敦子さんに言った。
住職と敦子さんは立ち止まって振り返った。
「もう原因が分かったんですか?」
「9割方。早く行きましょう」
階段を上がっていけば上がっていくほどオルダの鳴き声が強くなっていく。耳栓をしてはいるが、鳴き続けられるとなかなかに辛い。
はあ、はあ、と息を切らせながら登り続けて約10分、ようやく頂上に到着した。
「あれが本堂っすか?」
畑谷がまっすぐ前を見ている。
そこには岩を掘って作ったと思われる仏像、いわゆる摩崖仏がある。おそらく1m50cmほどの大きさで、手前には仏花が供えられ、中央に陶器製の香炉が置かれている。それを囲うように木組みの屋根が設置されている。
「はい、あちらがうちのご本尊になります」
オルダの鳴き声からして、あのご本尊にオルダがいるわけではなさそうだ。
オレはオルダの共鳴が強い方を見た。畑谷も同じであった。
そこには3体の短い錫杖を持った地蔵が彫られた横長の石があった。3体並んでいるように見えるが、よく見ると石は縦に割れているようで、1体だけ切り離されいるようだ。
「あれは?」
オレが聞くと、
「三体地蔵磨崖仏です」
と住職はお答え、直後怪訝そうな顔で言った。
「まさか、あれが原因ですか?」
「おそらく。それを確かめたいので、触らせていただいて良いですか」
住職と敦子さんは顔を見合わせた。何かありそうに見えた。
その後、住職は頷いて言った。
「どうぞ」
オレはペンダントを外しながら石に近づいて行った。どちらから聞こえているか分からない。どちらの石も同じような色合いに見える。オレはペンダントヘッドを2体いる方の石に付けた。オルダの鳴き声は少し弱まったように感じたが、まだ鳴いている。次に1体の方の石に付けた。するとオルダは鳴き止んだ。
「どっちでした?」
畑谷がノートを出しながら訊いてきた。
「分からない。もしかしたら、どちらにもいるかもしれない。すまないが、1体ずつ時間を空けてノートを当ててくれないか?」
「了解っす」
畑谷はまず2体の方にノートを当てた。
オレは敦子さんに聞いた。
「耳鳴り止みましたか?」
敦子さんは首を横に振った。
「いいえ、まだ聞こえています」
畑谷はその反応を受けて、1体の方の石にノートを当てた。
同じタイミングで敦子さんが、
「耳鳴りが消えました」
と言った。
「こっちってことっすね」
「だな」
オレは耳栓を外し、住職と敦子さんを見て言った。
敦子さんはオレに釣られるように耳栓を外した。畑谷も外した。
「おそらく原因は、こちらの1体の方の石になります」
住職と敦子さんは不思議な顔で石を見ている。
「このお地蔵様が原因なんですか?」
「正確には、お地蔵様ではなく、この石に住んでいるオルダという虫です」
「虫?」
オレはペンダントヘッドを二人に見せ、ペンダントヘッドをこすった。するとオルダが姿を現した。
「これがオルダです。敦子さんが耳鳴りだと思っていたのは、オルダの鳴き声です」
「なぜ私だけに聞こえていたのでしょう?」
「オルダの鳴き声は、そのオルダと契約を結んだ人にしか聞こえません。契約を結ぶことで初めてオルダの鳴き声を聞くことができるようになります。オルダが鳴くタイミングとしては、他の見知らぬオルダが近づいた時、そして契約者が離れてしまった時。正直離れた時になぜ耳の中でオルダの鳴き声が聞こえるのかは分からないのですが…」
敦子さんは戸惑いの表情を見せている。
「私、契約を結んだ記憶は全くないです」
オレは、石が割れているのが気になった。
「あのお地蔵様の石、割れているように見えるのですが、あの石の切れ目に触れて指を切ったとか、あるいは手荒れが酷くて血が出ていた状態であの石を触ったということはありませんか」
住職と敦子さんは再び顔を見合わせた。
「あったんすか?」
畑谷が訊くと、住職は畑谷の方を見て頷いた。
「そう、まさに彼女の耳鳴りが始まった頃です。20年ほど前、この地方で大きな地震があり、その石が割れたんです。1体の方が切り離されて倒れていて、私たちはそれを元に戻そうと持ち上げたのですが、その際に妻が石の角で指を切って」
住職の話の後、敦子さんが続けた。
「その後耳鳴りが始まったものですから、私たちはお地蔵様の呪いなのではないかと思っていたんです」
「おそらくその時にオルダと契約してしまったのだと思います。あの、石の一部を切り取ってもいいですか? お地蔵様側ではなく、裏の方の一部。罰が当たらないかと若干不安ではありますが」
住職と敦子さんは再び顔を見合わせ、住職が答えた。
「裏側の一部であれば…」
オレは1体の方の石に近づき、持参したノミと金槌を出した。畑谷は興味あり気についてきた。
石をこする。しかし、オルダは現れてない。あまりにも石が大きすぎて、どこにいるかいまいち分からない。何度かこすっていると、
「出てきたっす」
畑谷が指した。
そこには2-3センチほどのオルダがいた。かなり大きな部類である。結構大きく切り出さなければならない。
オレはオルダを裏の角の方に寄せていき、寄った所でノミを入れ。3回ほど金槌で叩いた。石はパリと割れた。すると、オルダがいなくなった方の石は生気を失った。2体の方の石とは明らかに違う色に変化した。つまり、
「あっちの石にもオルダがいるってことっすね」
畑谷が言った。
「そうだな」
オレは切り出した石を整え、大きめめ卵くらいの大きさにした。住職と敦子さんの元に戻り、それを敦子さんに渡した。
「ここにオルダがいます。この石を常に持ち歩くようにしてください」
敦子さんは受け取った石を眺めている。
「こすってみてください」
オレが言うと、敦子さんは石をこすった。そこには先ほどのオルダが姿を現した。
住職と敦子さんは息を飲むように驚いた。
オレはその流れで、二人に聞くことにした。
「あの、お聞きしたいことがあります。この村の寺は千代の呪いにかかった人々により建てられたと聞きました。この長命寺もそうですか?」
住職と敦子さんは大きく頷いた。
「はい、そう聞いています」
「先祖の中に、あのお地蔵様の石に触れて倒れた方、あるいは片目を失った方がいると言う話は伝わっていますか?」




