85.商店
五十嵐との話が終わり、刑事たちは署に戻ることになった。
オレたちは診療所の駐車場に移動した。
「今回は2件とも事故という扱いになるかと思います。五十嵐さんの携帯電話についても、被害届が出されないので心松寺さんは特に何か問われることもないでしょう」
香川さんはオレたちに言った。
「お二人には色々とご協力いただき、感謝しております」
「あ、いえ」
オレたちは小さく頭を下げながら首を横に振った。
「お二人が来ていなかったら、五十嵐さんはもちろん神主さんも眠ったままで、私もオルダと契約を結ぶことも無かったでしょう」
香川はそう言った。
「もしかしたら、世の中には目玉無くなって倒れてる人が他にもいるかもしれないっすね」
畑谷が言った。
「糸魚川ではその解決策を持ってそうっすけど、そうじゃない地域だったら、五十嵐さんのように眠り続けたまま何か月も過ごしていたり、岡田教授みたいに誰にも気づかれないまま亡くなって病死扱いになってた可能性もあるってことっすもんね」
香川さんと松井さんは頷いた。
「その可能性は否定できないですな。でも、今回の件で、我々もオルダに関する知見を得ましたので、オルダの被害は最小限に留めますよ」
そう言って香川さんは笑った。
隣で松井さんも大きく頷いた。
「では、我々は署に戻って、各種報告書を作成します。お二人はどうされますか?」
「オレたちも、もう用は無いと思ってたんですけど、千代の骨の場所に案内する業務が残っていて」
「ああ、そうでしたな。いつですか?」
「いつでしょう? 清水さん、何も言わずに役場に戻っちゃったな」
松井さんが「あっ」と何かを思いついたような声を出した。
「千代さんと息子さん向けに、お花用意しておいてもいいかもしれないですね」
「ああ、確かに…」
「この村花屋あるんすかね?」
畑谷の問いを受けて思い出した。
「そういえばガソリンスタンドの米屋の入り口に仏壇向けの菊みたいなのが売ってた気がする」
「じゃあ、千代の骨んとこ行く前に買っていきましょ」
「そうだな」
こうして刑事たちは署に帰っていった。
それと入れ違いに公用車で清水さんがやってきた。
「どうもどうもです。診療所に電話したら、先ほど外に出たと言われたので、急いで来てみました」
運転席の窓を開けて清水さんが顔を出して言った。
「各種手続きが完了したので、明日の朝、千代の骨の場所へ行くことになりました」
「明日なんですね」
「はい、ご都合が悪ければ日程を変更いたしますが」
「大丈夫です。むしろ早い方がいいです」
「では、明日の9時に村役場にお越しいただけますか?」
「分かりました」
「では、明日お待ちしております」
清水さんは軽く会釈をして、あっという間に去っていった。
「明日朝9時か」
「花、今日中に買っといた方が良くないっすか?」
「そうだな。朝9時だと店開いてない可能性あるな」
オレたちは米屋に向かうことになった。あまり減っていないが、ガソリンも念のため満タンにすることにした。
米屋に到着し、畑谷にはスタンドの横に待機してもらい、オレが店主を呼びに行く。店内に入ると、花があったはずの場所に花がなく、空になった花桶だけが残っていた。
「すみませ~ん」
店の奥に向かって言ったが反応がない。仕方ないので、レジ横のベルを鳴らした。
「はいはいはーい。お待ちくりょーう」
奥から声が聞こえた。ドタドタと階段を降りてくる音が聞こえ、店主が「いらっしゃいませ」と顔を出した。店主はオレを見て、
「また来たね。ガソリンけ?」
「はい、ガソリンもなんですけど、花」
オレは空いている花桶を指した。
「もう売り切れですか?」
「あ~、花は常連さんの分しか仕入れてないさよぉ」
「そうなんですね。この村で他に花売っているところありますか?」
「商店行ったけ?」
「商店…」
オレはポケットから地図を取り出して広げた。
店主は地図を指して「ここよ」と言った。
「商店には花あるんですか?」
「日によるさよぉ」
「では、後で行ってみます。とりあえず、ガソリン満タンでお願いします」
「あいよ」
ガソリンを満タンにし、代金を支払って、オレは車に戻ってから畑谷に伝えた
「花売り切れだった」
「まじっすか」
「商店に行けば、あるかもしれないって」
「商店ってどこっすか?」
オレは地図を広げて、「ここ」と商店を指した。
「食堂の近くっすね。ありましたっけ?」
「オレも気づいてなかった。行って無ければ、またホームセンター行くしかねえ」
1分程度で食堂に到着した。
「商店どれだ?」
地図の通りならば、食堂からすぐなんだが…
「あれじゃないっすか?」
畑谷が指した先に、確かに『田崎 店』と書かれた看板が取り付けられていた。空白のところは、『商』の字が消えてしまったのだろう。
もっとコンビニ的なものを想像していたが、外から見ると道具屋のように見える。
オレたちは店の前に車を停め、中に入ることにした。
中に入ると、レジ横に座っているオジサンが新聞を読みながら「いらっしゃいませ~」と義務的に発した。
小さな棚に最小限の食料が並んでいる。駅前の売店くらいの品ぞろえだが、広い店内なので隙間が多いという印象だ。例えば野菜はニンジンやたまねぎ、きゃべつ、だいこんなど基本的な野菜はあるが置いている数が少ない。お菓子だとポテトチップスならばコンソメとのり塩2袋ずつ、チョコレートは板チョコが2種類、ホットケーキの粉は1種類2箱、小麦粉は1種類4袋、味噌は2つのメーカーでそれぞれ3袋といった具合だ。
冷蔵コーナーには、魚や肉が並んでいるが、種類は少ない。看護師が言っていた通りである。
「田舎の店って感じっすね」
畑谷が小声でオレに言ってきた。
「オレ、オルダ探しで結構な田舎に行ってるけど、結構上位の品ぞろえの無さ」
「トップはどんな店なんすか」
「物が1個ずつしかない。味噌1袋、砂糖1袋みたいな。ここは複数あるだけ、かなりマシだよ」
「花どこっすかね?」
目の前に花が見当たらない。
オレはレジに行き、新聞を読んでいるオジサンに聞いた。
「生花ありますか?」
オジサンは顔を上げて、「あ~」と言った。
「何の花?」
「何の花とは?」
「居間用? 床の間用? 仏壇用? 墓用?」
「ああ、墓ですね」
「はいはい」
オジサンは新聞を置いて、店の奥に入っていった。そして、花桶を持って戻ってきた。
花桶には菊を中心とした仏花の花束が2セット入っていた。
「では、それ1セット」
オレが言うと、オジサンは眉間に皺を寄せて、
「墓用なら2セット買うけし」
「え?」
「1セット余っても困るさよぉ。墓には対で飾るずら」
「でも、1セットしか必要ないんですよね」
「だったら、仏壇用にするずら」
オジサンはそう言って店の奥に戻り、違う花桶を持ってきた。そこには仏壇用の花束が1セット入っていた。
「じゃあ、それで」
オレが言うと、オジサンはチャチャっと古いレジを叩いた。
「1000円ね」
少し高い気がしたが、1000円札を支払った。
「おたくら、診療所に泊まっとるっつーこんずら?」
オジサンが突然言ってきた。
「ああ、はい」
「寝てた人ら起きたって聞いたよ」
相変わらず噂が広まるのが早い。
「ええ、無事に」
「すごいさね。ずっと住んでるわいらには出来んかったことが、おたくら来て数日で片づけたじゃん」
オレたちは苦笑いを返した。
「これ、どこに飾るね?」
オジサンは花束をオレに渡しながら言った。
「あ~、千代のお墓、みたいな」
「千代の墓はどこにあんね?」
「詳しくは教育委員会で調べるようなので、その後に村役場で訊いていただければ」
オジサンはつまらなそうな顔をして新聞を再び読み始め、「ありがとうございました~」と義務的に発した。
オレたちは苦笑いをして店を出た。




