84.携帯電話
オレたちは一度診療所に戻った。目的は心松寺で預かった携帯電話が五十嵐のものであるか確認するためである。
まだ診察時間のため、医者と看護師に一声かけてから、階段を上がっていった。まもなく二階というところで、二階の廊下をサンダルでよたよた歩く五十嵐の姿が見えた。五十嵐は、二階に上がってきたオレたちに気づいて、小さく会釈した。
「どうも」
香川さんは歩いている五十嵐の姿を見て、
「自力でかなり歩けるようになっているんですね」
と話しかけた。
「おかげさまで、朝よりも体力は戻ってきました。えっと…俺に何か御用ですか?」
五十嵐は香川さんとその後ろに並ぶオレたちを見渡していった。
「五十嵐さんに確認したいことがありまして」
「何ですか?」
「まず、ベッドにお座りになってください」
オレたちはぞろぞろと五十嵐の部屋に入っていった。
五十嵐がベッドの上に座ると、香川さんが本題に触れた。
「無くされた携帯についてお聞かせください。まずケースはどのようなものでしたか?」
「えっと、黒のチェック柄の手帳型で表面は少しざらざらしていて、止めるところがマグネットになっています」
それは心松寺から返された携帯のケースと一致していた。
「ケースの中に入れていたもの覚えていらっしゃいますか?」
「えっと、保険証と携帯の表面拭く布とかが入ってたと思います」
それも一致していた。
香川さんは小さく頷いて、
「ありがとうございます。確認が取れました。こちら、五十嵐さんの携帯でお間違いないですか?」
と言って、心松寺で預かった携帯電話を五十嵐に渡した。
「俺のです!」
五十嵐は受け取って、中を確認した。
「よかった、保険証あった。あ~、さすがに電源は切れてるか」
すると、松井さんがカバンから一枚の紙を取り出した。
「一応ルールなので、この書類に必要事項記載してください」
それは診療所に戻る前に交番によって貰ったものだった。
松井さんはベッドに備え付けの机を設置して、そこに紙とボールペンを置いた。
五十嵐は「分かりました」と言って、書類に記載を始めた。五十嵐は書きながら訊いた。
「これ、どこにあったんですか?」
「五十嵐さんが笹嶺神社で倒れていたのを発見した人が、あいにく携帯を持っていなくて、五十嵐さんの携帯の緊急ボタンで119番に電話しようとしたんですが、神社が圏外で、電波繋がるところまで持ってきてしまったらしいです」
「交番にあったんですか?」
「怖くなって、そのまま持ってしまっていたらしいです」
「そうなんですか」
五十嵐はそれ以上追究してこなかった。書類を書き終えた五十嵐は紙を松井さんに渡して、
「携帯充電していいですか?」
と立ち上がり、カバンのある方に回った。カバンの中から充電ケーブルを取り出して、棚の近くにあるコンセントに接続した。
香川さんは五十嵐に聞いた。
「被害届出されますか?」
五十嵐は香川さんを見て「?」と言う表情を浮かべた。
「何の被害届ですか?」
「携帯電話を盗まれたことに対する被害届です」
「それって、119番するためだったんですよね?」
「そのようですね」
「じゃあ、いいです。その人が119番してくれなければ、俺は笹嶺神社で倒れたまましばらく過ごしていた可能性があったんですよね。むしろ恩人な気がするので。返してもらったところで、寝ている状態だったならどーせ使えなかったですし」
「そうですか。分かりました。では、書いていただいた書類のまま交番に戻します」
五十嵐は「あっ」と言って、オレを見た。
「オルダの巣は見つかったの?」
五十嵐は何故かオレに対してはタメ口を通す。
「巣というか、そんな感じのものは見つかった」
「まじ? どこにあったの? 笹嶺神社?」
「まあ、その近くだが、オーナーが期待してるような量産型マシンみたいな石ではなかった」
「なんだよそれ」
「この村の教育委員会の管理下に入るから、オレらが横から入れるものではない。諦めな」
「教育委員会?」
「おまえ、鬼虎の話は聞いたんだよな?」
「通りがかった婆さんから聞いた」
「オルダの巣は、千代の子供だ」
「へ?」
五十嵐が再び頭に「?」を浮かべている。
すると香川さんが答えた。
「白骨だったんですよ」
「白骨?」
「骨の中にオルダが住んでいて、その骨に触るとオルダが体の中に入り込むんです」
「まじ?」
オレではなく香川さんが答えたからか、五十嵐は素直に受け取った。
「刑事さんも見たんですか?」
「私らが骨を発掘したんで」
「まじー? それ見たかった」
「おススメはしないですね。戸塚さんは近づいた瞬間に顔青ざめて吐き気に襲われてましたしね」
香川さんがオレを見たので、オレは頷いた。
「私らの同僚は、誤って骨に触れてしまって、体の中にオルダが入り込んでしまいました」
五十嵐は口をあんぐりと開けている。
「オルダの巣に関しては、諦めてください」
「体にオルダが入った人は大丈夫なんですか?」
「今のところは問題ないようです」
この会話で思い出した。もう根音村でやることはないと思っていたが、最後の仕事があった。
教育委員会と清水さんを骨のところまで案内することだ。
それは畑谷も思ったようで、
「やること、まだありましたね。案内しなきゃっすね」
畑谷の言葉にオレは頷いた。




