76.記憶
香川さんに連れられ、待合所に移動した。
待合所に到着すると、香川さんは眉毛を上げた。
「そういうことです」
五十嵐もオレと同じだったと言いたいのだろう。
「なぜ、五十嵐もオレと同じ状況だと分かったんですか?」
「昨晩、少々頑張りましてね。面白い発見がありました」
「発見?」
「まず、ご依頼いただいた戸塚さんの過去を調べました。ご両親の姿を思い出せないということでしたが、思い出せないのが正しかったようです」
「つまり、オレには親がいない?」
「正しくはお父様が不明、お母様は戸塚さんが2歳の頃に亡くなられていました」
思い出せないわけだ。そして、それを聞いて香川さんが五十嵐との共通点を探した理由も分かった。交番の警官が言っていた。
「五十嵐も親族がいないって」
香川さんは「ええ」と頷いた。
「オレと五十嵐は同じ施設にいたとか?」
「いいえ、施設は違いました。年齢も違いますし、県も違いますので、施設で会っていたという可能性はないかと思います。ただ、共通する人物がいらっしゃいました」
「まさか、佐々木?」
「佐々木富江さんです」
「え、女?」
「はい、女性です。彼女は戸塚さんとも、五十嵐さんとも接触していました。医師として」
全く状況が読めない。
「医師?」
「彼女は脳神経外科の医師で、戸塚さんは8年ほど前に、五十嵐さんは2年ほど前に彼女のお世話になっていました」
「脳神経外科?」
「二人とも事情は違いますが、脳しんとうによって逆行性健忘、つまり記憶喪失になった。戸塚さんはスノボ中に転倒して、五十嵐さんはアマチュアボクシングの試合中の事故ということでした」
かなり詳しい。
「お話聞きに行かれたんですか?」
香川さんは大きな欠伸をした。
「朝早くから横浜の大学病院に行ってきましたよ」
「病院がすぐに分かったんですか?」
「戸塚さんから五十嵐さんの身元を教えていただいた後の捜査の一環で、五十嵐さんが脳神経外科に通われていたことや逆行性健忘により事故以前の記憶を失っていることが分かっていました。その担当医師が佐々木姓であることまでは調べていました」
香川さんは人差し指の甲で口の下をこすりながら話を続けた。
「で、昨日の根屋家の日記に佐々木姓が出てきたことや、オルダと契約解除したことにより眠り続けた人を起こすのに別の誰かが契約をしなければならないことが分かった時に、ふと五十嵐さんの逆行性健忘が頭をよぎったんです。その後、戸塚さんから記憶がないという話を聞いて、まさかなと思ったんですが…」
「そこからオレにも繋がったということですか?」
「その通りです。朝、佐々木先生に話を聞きに行って、すぐに分かったことがありました。彼女もオルダと契約をしていました」
オレは驚きすぎて声が出せなかった。
「同様に、彼女も私がオルダを持っていることはすぐに気づいたようで、話は早かったです。もし、清水さんが神主さん、私が五十嵐さんのオルダと契約を結んでいたら気づけなかったかもしれない。幸い、逆だったので、私のオルダは共鳴してくれました」
「まずは挨拶させたいですし、言い逃れできないですもんね」
「ええ。なぜオルダと契約をしているのか。根音村のことを知っているか確認したところ、彼女の父親、が根屋家文書に出てきた佐々木氏であったようです」
オレは口が半開きの状態で話を聞いている。
「彼女の父親は宝石の仲介業を営んでおり、その過程でオルダの存在を知り、オルダと契約をし、取り扱い始めたそうです。彼女もその流れで若いころに契約を結んで、街中のオルダを見つけては父親に渡していたようです。しかし、父親が高齢者となって、引退を考え始めた時に、オルダとの契約が解除され倒れたそうです」
オレは佐々木氏の事実以上に、昨日の今日でそこまで調べた香川さんのフットワークの軽さに驚きながら聞いている。
「倒れた人間を起こす方法は、父親から聞いていたそうです。可能性があるということで、絶対ではなかったものの試してみようと考えたが、自分はオルダと既に契約を結んでおり、兄弟も子供もいない。どうするかとなった時に、戸塚さん、あなたがちょうどよく現れたそうです」
「オレ?」
「その時彼女は今の病院ではなく、群馬の病院に勤務していたようで、そこに運ばれてきたのが戸塚さんでした。脳しんとうによって逆行性健忘となり、過去を忘れてしまっている。身内もいない。彼女は良かれてと思って、あなたに契約させたようです」
「良かれと思って?」
「記憶を失っているため、以前の仕事はできない。社会復帰まで扶養してくれる身内もいない。であれば、オルダハンターをやればいいのでは?とね」
すごい理屈だ。
「そして、オレに父親のオルダと契約をさせた?」
「そういうことだったそうです。その後、父親の取引先だった美術商に紹介して、今に至っているとのこと」
「五十嵐は?」
「今の病院に異動となり、運ばれてきたのが五十嵐さんでした。彼はボクシングジムに所属していましたがアマチュアでしたので、面倒を見る義理もないということで、放り出さされてしまったようです。彼は貯金もなくて、保険も入っておらず、治療費はどうやって回収しようとなった時、戸塚さんを思い出したそうです。脳しんとうによって逆行性健忘となり、過去を忘れてしまっている。身内もいない。戸塚さんがあれ以来オルダハンターで活躍されているという話は届いていたようで、それならば五十嵐さんもやればいいのでは?と思い、美術商に紹介したようです」
「誰かを助けるための契約ではなく、単なる契約?」
「ええ、単なる契約とのことでした。父親が遺したオルダで、持ちやすそうな適当なものを選んで渡したそうです」
話を聞いていて、五十嵐を不憫に思った。
「情報が多すぎて、若干混乱していますが、オレがオルダハンターになる前の記憶がないのは、単純に記憶喪失で、オルダハンターになったのは、佐々木さんに斡旋してもらったからということですね」
「はい、そうなります。ご満足いただけましたか?」
「満足したかと言われると、いろいろとモヤっとしていて何とも言えませんが、ありがとうございました」
オレは複雑な想いを胸に、香川さんに礼をした。




