74.どうする?
五十嵐は結局、苗字を思い出せなかった。携帯もないことから確認のしようがない。
しかし、五十嵐はヒントを言っていた。『どっかの先生の助手』についてオーナーから聞いたと言っていた。
オレはオーナーに、五十嵐に会ったこと、五十嵐は携帯を紛失してメールを確認できない状態なので、彼に伝えた先生の名前、その助手の名前を教えてくれという内容のメールを送った。
朱里さんと違って即レスはないので、気長に待つことにして、刑事が到着するまでの間何をするかという話を畑谷とした。
そもそも、オレがこの村にやってきた理由はオルダを生み出す何かを見つけ出すことだ。これはもう見つけ出した。どういう仕組みかまでは分からないが、千代の子の骨に触ればいいだけだ。しかし、これはオーナーが企んでいるような量産には向かない。
そして、たまたま巻き込まれた五十嵐と神主の件も、二人の目が覚めたことでほぼ解決した。体を拭く仕事からも解放された。
つまり、オレはもうこの村に留まる理由がないのだ。
これは畑谷も同様である。畑谷に関しては、耳鳴りに悩んで、解決方法を探すためにノートに記された『根音村』をヒントにこの村に来た。そして、オレに会った時点で概ね解決した。その後は単にオレに付き合わされていただけである。
では、どうする? というのが話の内容である。
「この村でやり残したこと…確かに浮かばないっすね」
「だよなあ」
「笹嶺神社の慰霊祭に関する調査も、別に俺らがやらなくてもいいことっすもんね」
「そうなんだよなあ」
唯一あるとするならば、香川さんに頼んだオレに関する調査結果を聞くことくらいだ。しかし、それも畑谷には全く関係がない。
もう畑谷は帰っていいんじゃないかという気がした。やり残したとするならば…
「富士宮のゴルフ場行くか?」
畑谷は「え?」というような顔をした。
「俺、ゴルフしたことないっす」
「違う違う違う。黙光寺さんが言ってたじゃないか。カントリーの近くでオルダが鳴いたって。そのオルダを取りに行くんだよ。最初に約束しただろ、今回のタクシー役のギャラはオルダだって」
畑谷は「ああ!」と思い出したように笑った。
「そうだった」
「刑事が来るまでには行って帰ってこられるだろう」
「確かに! 行きたいっす」
医者と看護師に、昼までには戻ることを告げ、オレたちは富士宮のカントリーに向かうことにした。
道中、五十嵐の話になった。
「五十嵐さん、もうオルダハンターできないっすよね」
「また契約すれば不可能ではないだろう」
「でも、怖くないっすか。万が一、自分の意志ではなくて事故みたいな感じでまた契約解除しちゃったら、もう片方の目玉も無くなっちゃうかもしれないんすよ」
「笹嶺神社の儀式みたいなのが、他の土地にもあるかもしれないってこと?」
「自宅だってあり得るっすよ」
「自宅はさすがにねーだろ」
「あるっす」
「何で断言すんの」
「何言ってるんすか、岡田教授がそうじゃないっすか」
「ああ、そうか。確かに自宅で両目が無くなった状態で亡くなっていたという話だったな」
「そうっすよ。岡田教授のオルダはノートに移ったんすよ。どこでどうやって契約解除されるか分からないっすよ」
オレは深く頷いた。それは五十嵐に伝えておかなければならなそうだ。
「ってことは、岡田教授は亡くなる前に村に来て一回片目を失っていた可能性があるってことっよね」
「可能性はあるな。五十嵐も神主も片目だけを失っているのだから、一度に両目を取られてしまう可能性は低そうだ。片目失った後にもう一度契約して、再び契約解除したという可能性は考えられる。一回目をの契約解除を笹嶺神社でしたかどうかは分からないけどな」
「もしも笹嶺神社で契約解除したとして、倒れた状態で見つかってないってことは、すぐに他の誰かが解除したオルダと契約を結んだってことっすよね。だから、すぐに意識が戻った」
「すぐ近くに誰かいた。契約解除したとき、岡田教授は一人ではなかった」
「そうっす」
「でも、タクシー運転手の話だと、岡田教授は一人でこの村に来てる」
「じゃあ、笹嶺神社で契約解除したわけじゃないんすかね。いつ契約解除されるか分からないの恐怖っすね」
「そうだな。願わないように気を付けねーと」
そんな話をしながら、カントリーに到着した。しかし、オルダは共鳴しない。
「黙光寺さん、嘘言うわけないっすよね」
「言ったところで、何の利益もないだろう」
カントリーの周辺をぐるぐる回ったが、結局オルダを見つけることができず、オレたちの遠出は不発に終わった。まだ11時になっていなかったが、せっかく富士宮まで来たので、記念に富士宮焼きそばを食って帰ることにした。
そして、診療所に戻り、刑事たちが来るのを待機していた時、オレたちは真実を知った。
「なんか、オルダの声しません?」
「する」
徐々に徐々にオルダが近づいてくるのが分かった。
診療所の扉が開き、香川さんと松井さんが入ってきた。
「戸塚さん、畑谷さん、おはようございます」
香川さんは元気に挨拶してきたが、オレたちはそれどころではなかった。
「オルダ、早く出してください!」
「鳴き声がうるさくて集中できないっす」
「ああ、すまんすまん」
香川さんはポケットから小汚い手のひらサイズの石を取り出した。
オレはペンダントトップを、畑谷はノートを慌ててそれにくっつけた。
「どうしたんすか、これ?」
香川さんはニヤリと笑った。
「昨日、署に帰るときに、カントリーの横を通りかかったらオルダが鳴いてね、慌てて探して、挨拶させたんだよ」
オレと畑谷は顔を見合わせた。
「黙光寺さんは嘘言ってなかったっすね」
「オレらが一足遅かったんだ」
畑谷は目を細めて、香川さんを見た。
「俺ら、朝、それ探しに行ったんすよ、富士宮のカントリーまで。黙光寺さんからオルダが鳴いたと聞いたから行ったのに、オルダ全然共鳴しなくて。それ、俺のギャラの予定だったんす」
「おお、それは悪かったな。じゃあ、やろう。今のところ、ただの石ころだ。贈与ではないことにしよう」
香川さんはオルダを畑谷に渡した。
それを畑谷は嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます!」
畑谷はティッシュで石の汚れを落とした。
「戸塚さん、これいくらになります?」
畑谷に真実を言うのが酷なような気がしたので、オレは笑ってごまかした。
「また、探そう」




