73.五十嵐の話
翌朝、起床してスウェットのままトイレに向かうと、看護師が五十嵐と神主が食べ終わった朝食の食器を運んでいた。
看護師はオレに気づいて笑顔を向けてくれた。
「おはようございます」
「おはようございます。五十嵐さん喋れるようになりましたよ」
「本当ですか?」
「驚異的な回復力で筋力も戻って、自分でスプーンを使えるようになりました。神主さんも退院可能だと思います」
「オレ、五十嵐の部屋に話に行っても大丈夫ですか?」
看護師さんは少し悩んで、
「先生に訊いてみます。たぶん同席したがるので」
「分かりました」
「朝食の後、診察開始の前くらいのタイミングになるかと思います」
オレはトイレと洗顔と着替えを早めに済ませ、畑谷と共に医者の家で朝食をいただいて、五十嵐に話を聞きに行くことになった。刑事に連絡を入れると、昼過ぎにやってくるということで、その時に聞いた話の共有をすることになった。
「五十嵐さん、ご気分はいかがですか?」
医者が部屋に入ると、五十嵐は「まあまあです」と答えた。看護師の言っていた通り、昨日まで3か月間眠っていたとは思えないほど普通に話せていた。右目には神主同様にガーゼが貼ってあった。
その後、五十嵐は医者の背後にいるオレに気づいた。
「あんた、なんでココに?」
五十嵐は怪訝そうな顔をオレに向けた。
なぜそんな顔を向けられなければならないのかと内心腹が立ったが、そこは冷静に答えた。
「朱里さんからお前が3か月間行方不明になってると言われて、お前を探しに来たんだよ」
「朱里さんから?」
「おまえが今、こうして喋られる状態になったのも、言えばオレのおかげなんだぞ。だから感謝される覚えはあっても、怪訝そうな顔を向けられる覚えはない」
五十嵐は医者に視線を向けて、オレの言葉が正しいか確認しようとした。
その視線を察して、医者は答えた。
「その通りです。大きな病院で検査しても原因が分からず、全くエビデンスがないので、治療方法も分からずで、もし戸塚さんが村を訪れなければ、今もなお五十嵐さんは寝たきりの状態だったと思います」
医者の回答を聞いて、五十嵐は不服そうな顔を一瞬したが、
「じゃあ、恩に着るわ」
と視線を外して言った。
「俺の力もあるっすよ」
畑谷が手を挙げて言った。
五十嵐は畑谷を見た。
「あんた、誰?」
「今回、戸塚さんのアシスタントをやりました畑谷っす。あと、役場の清水さんにも礼を言うべきっすよ。あ、刑事さん来るとき、清水さんも呼ぶべきっすね」
畑谷はオレに言った。
「そうだな」
香川さんから、笹嶺神社で何をしたかを聞くのは待つよう言われているので、その際に清水さんも呼んでオルダの所有が移ったことを伝えるとして、
「おまえ、オーナーから何を言われて根音村に来た?」
五十嵐は「え…」と言って、何かを思い出そうとしている顔をした。
「確か、オルダを永続的に生み出せる場所があるようだという話だった。そこを見つければ、オルダを切り取って余ったヒスイにオルダを住ませることができるかもしれないとかいう話になって」
オレと同じだな。
五十嵐は続けた。
「オーナーからは聞いた根音村に関する情報はそれだけ?」
「あんたは他に何か聞いたのか?」
「まずはお前に聞いている」
「他には聞いてねえよ。だから苦労したんだ。村に来たところでオルダのことなんて誰も知らねえし」
「なら、どうやって笹嶺神社に辿り着いたんだ?」
「それは…」
五十嵐は再び何かを思い出そうとしている顔をした。
「確か、村に来る途中に通りがかった道標みたいなのにオルダがいて」
享保二年の庚申塔のことだろう。
「近くの牛屋に道標のことを聞いたら、あれは呪われてるとか言われて。オルダあるあるだろ、そういう話」
オレは黙って頷いた。
「他にそんな話があるのかと聞いたら、万なんとか寺の婆さんが詳しいとか言われて、万なんとか寺に行ったんだ」
オレが最初に話を聞いた万福寺のことだろう。
「そこで婆さんにオルダを知ってるか尋ねたら、少し前にやってきた男に話したっていう鬼虎の話を聞いて」
少し前にやってきた男というのが岡田教授のことだろう。
「そこで笹嶺神社の存在を知って。でも、婆さんから聞けた話はそれだけで。ああ、なんとか寺っていうところにオルダがいるっぽいみたいな話を聞いて行ったが、手洗うところ?そこに確かにオルダがいたんだが、話を聞こうと思っても門前払いされて」
黙光寺のことだろう。
「結局何にも分かんねーけど、とりあえず笹嶺神社に行こうかと思って行ったら、今までにないくらいの大きさでオルダが共鳴して、オーナーが言ってたオルダを生み出す場所ってここじゃねーかと思って、神社の下にある石を確認しようとしたら、急に引っ張られるような感覚になって。とりあえず、その時は怖くなって逃げたんだ」
畑谷はオレに耳打ちした。
「検視官の人みたいっすね」
その通り、検視官の三田さんと同じ状況に陥ったようだと思った。
「その後どうしたんだ?」
「とりあえずヤバそうだから、一旦調べようと思って、でも調べる手段なんて分かんねーから、なんかケータイも繋がんねーし。どーしよーかなーと思って、とりあえず中心地の方まで歩いてきたら、電波繋がって、オーナーに聞いたんだ。笹嶺神社ってのが怪しそうだが、何か知らねーか?って。結局オーナーは何も知らなくて役に立たなくて」
「待て待て待て。おまえ、携帯持ってたのか?」
「持ってなきゃ仕事になんねーだろ。……え、オレの携帯行方不明なのか?」
五十嵐はあからさまに動揺を始めた。
「携帯も身分証も持ってなかったから、お前は身元不明の人だったんだよ」
医者は頷いて言った。
「入院代、治療代、どこに請求したらいいのか困っていたところでした」
五十嵐は一瞬で青ざめた顔になって、医者を見た。
「保険証も?」
「そうです。身分の分かるものを何一つ持っていなくて」
「財布ん中に」
「入っていませんでした」
「そんなわけ…誰かが抜いたってのか?」
「救急車で運ばれた時には、既に身分が分かるものは何も持っていなかったという話です」
医者がそう答えると、五十嵐はあからさまに動揺した。
オレは五十嵐に聞いた。
「笹嶺神社には誰かと一緒に行ったのか?」
「一人だ」
「倒れる前、笹嶺神社に行くことを誰かに言ったか?」
「誰かに言ったっていうか、聞いたから行ったんだが」
「誰に?」
そこへ看護師が入ってきた。
「先生、診療開始の時間になりました」
「ああ、ごめん。3分だけ待って」
「分かりました」
看護師は部屋を出て、階段を降りていった。
五十嵐は困ったように頭を掻いた。
「とりあえずオーナーから、どっかの先生の助手をしてた人ってのがこの村の出身とかいう話聞いて。直接は繋いでもらえなかったけど」
「助手?」
先生というのは岡田教授のことだろうか? でもオルダに関しては一人で研究していたという話だったような。一緒に研究していた助手がいた?
「名前なんだったかな。同じ苗字の人の家をとりあえず廻ったら、オルダを知ってる人に当たって、話を聞いて、神社に行ったんだ」
「家に行った? この村の?」
「そう」
オレと畑谷、そして医者は目が合った。
村の中に契約解除の方法を知る人がいる。




