71.神主の話
コツコツという足音を立てて、星影神社の家族が階段を降りてきた。
家族はオレたちに一礼をして、神主の妻が口を開いた。
「夫の容体が落ち着きましたので、本日は帰宅することにします。本当にありがとうございました」
香川さんは慌てて、「石!」と言った。
「切り取りましたので、こちらを買い取りさせてください」
香川さんは切り取った石を見せた。
「お代金、いただかないとダメなんですよね?」
神主の妻は申し訳なさそうに言う。
香川さんは「はい」と言って、財布から6000円を取り出し、神主の妻に渡した。
「夫を救っていただいた上に、お金までいただいてしまって…」
「まあ、入院代にでもしてください」
「分かりました」
「そしてこれ」
香川さんは元のヒスイを取り出して、神主の妻に渡した。
「こちらはお返しします。こちらにはオルダがおりませんので、もう契約される危険もないかと思います」
神主の妻は「ありがとうございます」と受け取った。
「神主さんの容体が落ち着いたということは、お話しできる状態ということでしょうか?」
「はい、今ならば可能です」
「分かりました」
「それでは、失礼いたします。ありがとうございました」
星影神社の家族は再び一礼をして、診療所を出ていった。
「では、神主さんの部屋に行くか」
香川さんは松井さんを見た。
「あの、オレも同席していいですか?」
オレが香川さんを止めるように言うと、香川さんはニヤリと笑った。
「どうぞ。同席いただいた方が、新しい発見があるかもしれませんしな」
こうして全員で神主の部屋に移動することとなった。
入口の扉は開きっぱなしになっており、神主はベッドに横たわりながら窓の外を眺めていた。片目にはガーゼが当てられている。
医者は扉をコンコンと鳴らした。
「ご気分はいかがですか?」
神主は医者の声に反応して、こちらを向いた。
「はい、おかげさまで」
「それは良かったです。お話を伺いたいということで、刑事さんをお連れしました」
神主は、医者の後ろにいる刑事とオレたちを見た。
「あなた方、刑事だったんですか?」
香川さんは神主の視線が自分ではなく、背後のオレたちに向いていることを察し、
「彼らは捜査にご協力いただいている専門家の方々です」
そう言いながら香川さんは入っていった。
「お話よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
医者は神主のベッドに近づいていき、
「ベッド起こしましょう」
と、電動ベッドの背もたれを起こした。
「まず、笹嶺神社で倒れた経緯を教えていただきたいです。なぜ笹嶺神社に行かれたのですか? 笹嶺神社の清掃はいつも月曜の朝ということですが、なぜ日曜の朝に行かれたのですか?」
「それは興味本位と言いますか…」
「興味本位とは?」
神主は困ったような顔をした。
「何からお話したらいいのか…」
「では、質問を変えましょう。根屋家の娘さんの話をお聞かせください。ご家族から年明けに連絡が入ったと伺いました」
「はい」
「どのようなやり取りをされていたのでしょうか?」
「始まりは『笹嶺神社の管理ありがとうございます』という内容でした。その後、何度かメールでやり取りをしました」
「どのようなやり取りですか?」
「鬼虎の話についての確認です。今も寺の人々は千代の子の泣き声が聞こえるのか、笹嶺神社で泣き声を聞いたことがあるかとか。そういうことを聞かれました。どちらも聞いたことは無いと答えました」
「根屋家の娘さんは春に星影神社に来られて、石を奉納されましたね」
「はい、笹嶺神社と繋がりのある石かもしれないということで奉納されました。その後も泣き声は聞こえるかという確認を何度かされました。いずれも無いと答え続けました」
「そして、土曜に彼らが星影神社を訪れたことでメールのやり取りの内容が変わった」
香川さんはオレと畑谷の方を見た。
「はい、その通りです。石を見せてくれと言ってきた怪しい二人組が来たと根屋家の娘さんに伝えました」
畑谷はオレに向かって「俺らのことっすよね、怪しい二人組」と言ってきたので、オレは頷いた。
「彼らのうちの一人が苦痛そうに耳を押さえていて、奉納された石をノートのようなものの上に乗せたら、苦痛から解放されたような顔をしたと伝えました。すると彼女から『彼らはオルダハンターである可能性がある』と返答がきました」
「彼女はオルダハンターの存在を認識していた?」
「はい。オルダハンターとは何か尋ねると、奉納された石にオルダという虫が住んでいて、彼らはそのオルダを探し歩いている人たちだと教えてもらいました。オルダハンターは、オルダと契約することで、オルダの鳴き声が聞こえるようになり、他のオルダがどこにいるか分かるようになるという話でした。彼女の言う通り、奉納された石をこすると虫が現れたので、彼女の話を信じました」
「その流れでオルダと契約する方法を彼女から教えられたのですね」
「はい、オルダに血を吸わせることで契約することができ、解除したい場合は笹嶺神社の社の下にある右側の石に触れて契約解除を願えばいいという話でした」
「契約解除に関する危険性に関しては何も聞かされていなかった?」
「はい、何も。オルダと契約を結べば、笹嶺神社でオルダの声を聞くことができる。それが鬼虎の話に出てくる千代の子の泣き声の正体であると教えられました」
香川さんは人差し指を口の下に当てた。
「試してみようと思ってしまい、指先に針を刺して奉納された石の中にいた虫に血を吸わせました。その時は特に何も起こらなかったので、翌朝笹嶺神社に行ってみようと思いました」
「それで日曜の朝に笹嶺神社に向かったんですね」
「はい。奉納された石を持って笹嶺神社に向かいました。笹嶺神社に近づくと耳鳴りのようなものが聞こえるようになって、これが彼女の言っていたオルダの鳴き声かと思いました。社に近づけば近づくほど鳴き声は強くなっていき、途中で耐えられなくなって…帰ろうかとも思ったのですが、契約解除する方法を念のため試しておこうと思いまして」
香川さんは人差し指を口の下に当てたまま、首を傾げた。
「契約解除しても、また契約できると思ったということですか?」
「はい、そう思いました。そして、社の右下の石を触って、契約解除を願いました。すると、突然目を殴られたような感覚になって…その後記憶がないです」
「なるほど」
オルダと契約解除すると目玉を取られるというのは間違いなさそうだと思った。
「お話の内容が、根屋家の娘さんの話と一致しています。真実なのでしょう」
香川さんがそう言うと、神主は驚いた顔をした。
「根屋家の娘さんに会われたんですか?」
「なぜ神主さんが笹嶺神社で倒れていたのか、傷害事件の可能性もありましたのでね。まあ、根屋家の娘さんによる教唆の可能性も残りますが、お話を聞く限り、事故という扱いになりそうですね」
神主は暗い顔で頷いた。
「刑事事件にならない限り、我々はどうすることもできませんので、目玉の件は民事で争っていただければと思います」
「分かりました」
香川さんはオレを見た。
「戸塚さんから伺いたいことはありますか?」
「いえ、今お話を聞いて状況は分かりました。…あ、一つ聞かせてください」
神主は顔を上げてオレを見た。
「契約解除というか、笹嶺神社で契約解除の動きをしていた人を見たことがありますか?」
「契約解除の動き?」
「笹嶺神社で社の下の石に触れようとしている人を見たことがありますか?」
「いいえ、まあ、月曜の朝にしか行きませんので、そのタイミングでは見なかったとしか申し上げられませんが…」
「そうですか。ありがとうございます」
こうして、神主への質問は終了した。




