70.畑谷からの注意
待合所に戻ると、畑谷が清水さんにオルダに出会った時のレクチャーを行い、松井さんは何やら真剣に携帯を見ている。そして、医者は小さなメモ紙を持って立っていた。
医者はオレと香川さんに気づき、
「おかえりなさい」
と、言った。
医者の声に他の3人も気づいた。
松井さんは香川さんに駆け寄って言った。
「ここのWifiにつながせてもらったんですけど」
医者が持っているメモ紙はパスワードが書かれたものだと察した。
松井さんは続いて話した。
「持って行った骨に関して連絡が入ってて」
香川さんは興味ありげに「おっ?」と反応した。
オレもそれには非常に興味がある。
「放射性炭素年代測定を行ったところ、330年ほど前のものである可能性が高そうということでした」
香川さんはオレを見た。
「鬼虎は確か17世紀の終わりという話でしたよね」
「ええ、1690年のはずです」
「一致してますな。ということは、あの骨に関しては村の教育委員会に引き取っていただく形になりますな」
そこに清水さんが絡んできた。
「お話されていた鬼虎の骨ですか?」
松井さんは清水さんの勢いに少しばかりおののいて答えた。
「ええ、測定の結果、330年ほど前のものでありそうです」
清水さんは嬉しそうに目を見開いて言った。
「まさにこの村に寺が建った頃ですね。教育委員会に報告して、現地確認しなければなりませんね」
これを聞いて心配事ができ、オレは清水さんに聞いた。
「それは清水さんも同行されるんですか?」
「遺構や遺跡を確認するのは教育委員会の職員ですが、私も役場の郷土資料担当として同行します」
「止めた方がいいっす」
止めたのは畑谷だった。
清水さんは驚いて畑谷を見た。
「言ったじゃないっすか、検察官の人の体にオルダが入ったって」
「ええ。千代の子の骨に触ってしまったとか」
「オルダと契約している俺らはその骨に近寄れないんすよ。耳栓すればギリ行けますが、結構頭に来るっす」
「そうなんですか?」
オレはその会話に加わった。
「初めて経験する感覚でした。普通のオルダでは考えられない鳴き声の強さというか…オレも骨に触れそうになったんですが、一気に吐き気と寒気に襲われて、動悸もすごくて」
オレの発言に香川さんが被せてきた。
「顔なんか一気に真っ青になって、驚きましたよ」
清水さんはあからさまに動揺した顔になった。
畑谷は清水さんの肩をポンポン叩いて、
「だから、現地に行くのはやめておいたほうがいいっす」
「分かりました。では、遠くから見ることにします」
「行かない選択肢はないんすね」
「郷土資料担当なので。現地調査に行く職員にも骨には決して触れないよう伝えます」
「気を付けてください」
畑谷がそう言うと、「え?」と清水さんが驚いたように言った。
それに対して畑谷が「え?」と反応した。
「お二人が現地まで案内していだけるのでは?」
「俺らっすか」
「はい、刑事さんはもう関係なくなりますし…。そうなると場所を知っているのはお二人だけ」
香川さんはうんうんと頷いて、
「そうですな。あそこを住所で表現するのは難しいですし、教育委員会に引き継いだ後は我々の仕事ではなくなってしまいますので、戸塚さんと畑谷さんにご案内いただくのが良いですな」
畑谷はそれに対して「え?」と返した。
清水さんはフフと畑谷に笑顔を向けた。この二人、妙に打ち解けている感がある。
「あ、そうだ」
畑谷はそう言って、オレの方を向いた。
「さっき清水さんと話してたんすけど、香川さんと清水さんが契約したときに特に何の変化もなかったじゃないっすか。それは神主さんのオルダも、五十嵐さんのオルダも、既に他のオルダと挨拶していたから契約者が変わったところで再び鳴くことはなかったってことっすよね?」
「そうだな」
それは、オレのオルダが笹嶺神社で鳴かなかったことでも立証できている。
「でも根屋家の日記にあった土木の人、倒れた人の代わりに契約しちゃった人の方、耳鳴りがしたってことは、そこには他にもオルダがいたってことっすかね。それとも土木の人がオルダから離れてしまって聞こえたってことなんすかね」
「今となってはどちらかは分からないよ。シミのあったオルダは一つだけと根屋家の人は思ったけど、実は他にもいたっててパターンなのかもしれないし、持ち歩くように伝えたと書いてあったことから、離れてしまったのかもしれないし」
「そこに俺はちょっと違和感があるんすよね」
「何が?」
「俺のノート、カバンから出したとしても、いつの間にかカバンの中に入ってたんすよ。自力で移動してるんすよ」
「そんなこと言ってたな」
「だから、土木の人だって、石が黙光寺のように固定されてなかったとしたら、オルダが勝手についてきたはずなんすよ」
「オルダから離れたせいで声が聞こえたとするなるならばな。そういう意味では、他にオルダがいた可能性の方が高いのかもな」
そこに香川さんが入ってきた。
「オルダは自力で移動するんですか?」
「俺のオルダはノートじゃないっすか。このノート、勝手についてくるんすよ。オルダのことをまだ知らなかった時の話っす。カバンの中にこのノートが入っていることに気づいて、カバンから出すんすけど、カバンを開くとまた入ってるんすよ」
「完全に外に出したんですか?」
「完全に出してるんす。1回や2回じゃないんすよ。何回もそんなことがあって気持ち悪くなって、で、ノートをちゃんと読んで、この村に来たんす」
「ノートが自力で動いているところを見たことは?」
「ないんす。ノートが自力で移動している姿見たことないっす。夢遊病みたいな感じで、俺が無意識にカバンの中に閉まってたってことっすかね?」
香川さんは人差し指を口の下にあてた。
「つまり、オルダと契約した場合の注意として、突然聞こえるオルダの鳴き声の他に、無意識になる時間が出てくる可能性があるということですな」
清水さんは「え…」と不安そうになった。
だからオレは言った。
「オルダを肌身離さなければいいんすよ」
香川さんは人差し指を口の下にあてながら頷いて、
「私もペンダント式にしたほうが良さそうですな」
と言った。




