68.実験その2
五十嵐の部屋に入る前、香川さんは神主さんの部屋に立ち寄った。
そこには看護師もいた。
「刑事さん、ありがとうございました」
ベッドの上で片目を開けた状態の神主さんが香川さんを見て言った。
香川さんは首を横に振って。
「いえ、ご無事そうで良かったです。あの、ご相談なのですが、こちらの石について」
神主の妻が笑顔で答えた。
「ああ、はい。お持ちになってください」
香川さんは首を横に振って、
「いや、あの、いただくことができないので買い取りたいのですが、丸々だとだいぶお高めになってしまうので、一部を切り取って買い取らせていただきたいと」
「いえいえ、主人を救っていただいた方からお金なんていただけないです」
神主の妻は、両手を横に振って拒んでいる。
香川さんは更にそれを拒んで、
「いやいや、そういうわけにはいかなくて、買い取らなければこちらの都合が悪いので、3センチ大くらいのに切り取ったものを買い取らせてください」
「では、100円で」
「いやいや、そういうわけにもいかなくて、オルダ業者の方の客観的な値付けでは3センチ大で6000円くらいだというので、その金額で買い取らせていただければと」
香川さんは勝手に1000円値下げした。まあ、値段は有って無いようなもので、平均値よりも高くなることもあれば、平均値に届かないことだってあるのだから、問題ないだろう。
これに神主さんの妻はそれに驚いた。
「え、そんなにいただけないです」
「いやいや、それが相場らしいので」
何度か問答し、結局3センチ大の大きさに切り取ったものを6000円で買い取ることになった。
「それでは、後ほどお支払いさせていただきます」
「はい、お待ちしております」
そして、オレたちは五十嵐の部屋に移動した。看護師も同行した。
五十嵐は相変わらず眠っている。
オレは五十嵐のカバンから五十嵐が契約していると思われるオルダを取り出した。
「これですね」
と、清水さんに渡した。
清水さんは少し緊張している風である。
「こすってみてください」
オレが言うと、清水さんはこすった。
小さなオルダが現れ、石の表面をちょこまかと動いた。
清水さんは「おお…」と小さく呟いた。
「では、左手をお出しください。あ、右利きですよね?」
「はい」
清水さんは、医者に左手を出した。
医者は、清水さんの左手薬指に消毒し、ランセットを指した。
清水さんは血が出てくるのを確認し、オルダに当てた。そして何故かギュッと目をつむった。
「何か聞こえましたか?」
オレは心配になり声をかけた。
清水さんは首を横に振って答えた。
「いえ、思わず目を閉じてしまっただけです。何も起きてないです」
「それは良かったです」
そのタイミングで、「あっ」と誰かが声を出した。
「説、立証っす」
畑谷が五十嵐を指さして言った。
ベッドの上の五十嵐がうっすらと片目を開けた。目玉がある方である。
医者は五十嵐に駆け寄った。
「おはようございます。私の声聞こえますか?」
五十嵐は声が出なさそうだが、小さく頷いた。
「痛みはありますか?」
五十嵐はゆっくり目を閉じ、再び開けて、首を横に振った。
「ちょっと心臓の音を聞かせてくださいね~」
医者は聴診器で五十嵐の胸の音を聞いている。
「問題は無さそうですね。では次に目を確認させてください~」
医者は目玉がある方を開いて光をかざした。そして「うん」と言ったあと、反対側を開けた。
「あう」
五十嵐が声を出した。
「痛いですか?」
五十嵐は首を小さく横に振った。
「み……な……」
「見えないですよねえ~」
医者は表面上明るく返している。
「元気が戻りましたら、原因をお伝えしますねえ~」
五十嵐は小さく頷いた。
「長い間眠っていましたから、急に気分が悪くなることもあるかもしれません。気分が悪くなったら、こちらのボタンを押してくださいねえ」
医者はナースコールを五十嵐の手に持たせた。
その後、看護師を二階に残し、オレたちは再び待合室に移動した。
「二人とも無事に目を覚ましてよかったです」
医者はホッとしたように言った。
「みなさんのおかげです」
そう言って、オレ、畑谷、香川さん、松井さん、清水さんを順に見た。
続いて香川さんが口を開いた。
「いやあ、戸塚さんと畑谷さんが偶然この村に来ていなかったら、迷宮入りもあった謎の連続傷害事件になっていた可能性もありましたよ」
それに対してオレも答える。
「いや、オレひとりでもダメだったかもしれないです。たまたま同じ日に畑谷がこの村にやってきたのも幸いでした。いなければ、古文書も読めなかったですし」
それに清水さんも乗っかった。
「畑谷さんのおかげで根屋家文書が読めたのは大きかったです」
これに対する畑谷の回答がこうだった。
「こんなに褒められたの初めてで照れるっす」
一同は苦笑いをした。
「さて、今後について確認させてください」
香川さんは医者に言った。
「神主さんはすぐにでも調子が戻りそうですが、五十嵐さんの方はいかがですか?」
「こういう症例は初めてなので確実なことを言えません。再度精密検査の必要はあります。ただ、自発呼吸もしていましたし、脈拍も正常で、目が覚めてすぐの状態でこちらの質問に対する反応も出来ていましたし、残っている方の目の瞳孔もちゃんと収縮していましたし、ナースコールのボタンも握れるくらい筋肉も動いていましたので、急に立ち上がることはできないかもしれませんが、明日には発話が回復する可能性はあるかもしれません」
「おお、明日にはお話できる可能性があるんですね」
「そうですね。保証はできませんが。お二人は気分はいかがですか? 体調にお変わりはないですか?」
医者は香川さんと清水さんそれそれに手を向けて言った。
「私は大丈夫です」
香川さんが答え、続いて清水さんも、
「私も平気です」
医者は安心したように頷いた。
「良かった、良かった」
話がひと段落したようなので、オレは香川さんに話しかけた。
「香川さん」
香川さんが「何でしょう?」とオレを見た。
「石、切り取りましょうか?」
「おお!ありがとうございます。ぜひ」
「削り貸す出るので、外行きましょう」
「はいはい」
畑谷も「俺も見たいっす」と付いて来ようとしたが、待ってるようにお願いした。
そして、オレと香川さんは表玄関から外に出た。




