67.目玉
医者と星影神社の家族を部屋に残し、オレと畑谷、刑事二人そして清水さんは待合室に移動した。
「確定しましたな」
香川さんが口を開いた。
「そうですね。別の誰かが新たな契約をすれば、元の契約者は完全に解放されるという説は正しそうですね」
「それともう一つ」
香川さんが人差し指を立てた。
「これは両者に確認を取らなければ確定となりませんが、事件ではなく事故という可能性が一層高まりました」
「事故だと何か変わるんすか?」
畑谷が聞いた。
「我々は刑事課の強行犯係なんですよ。事故の場合は、そこの交番に」
畑谷はまるで漫画かのように「なるほどっす」と左手の手のひらに右手の拳を当てた。
「ただ、松井はまだしも、私はこうやって事故に巻き込まれたわけで。まあ、自らですがね」
香川さんは神主の石を見せた。
「更なる問題はこちらです。このまま受け取ってしまうと倫理規程に違反触れてしまう可能性があるので、お金をお支払いしたいんです。これ、相場はいくらになります?」
「うーん、石自体はそれほど良質なものではないので、高くても10万行かないくらいだと思いますが」
「10万! それは辛い…。人助けして10万払う…。なんとか5000円くらいになりませんかね」
「5000円ですか。オルダが1.5センチくらいなので、それに合わせて3センチ大に切り取ったとして…、最も透明性の低い部分を切り取って、ギリ7000円くらいな気はしますね。オルダさえいなければ700円くらいの価値で」
清水さんは目を丸くして聞いてきた。
「オルダがいるかいないかでそんなに差が?」
「オルダがいなければ、ただのヒスイの原石なので」
そこに畑谷が乱入してきた。
「俺のノートの場合は?」
「どうなんだろうな。それはオレにも分からない」
香川さんは右手の人差し指と親指で形を作りながら聞いてきた。
「2.5センチ大にして6000円とかになりませんか?」
「最低でもオルダのサイズの倍くらいの大きさにしておくのがいいんですよね。あとは星影神社さんと交渉いただければ」
「我々が値下げしてくれとは言えないんですよ。だから、戸塚さんに客観的な値段をつけていただきたく」
警察めんどくさっ。と心から思った。
そこへ医者がやってきた。
香川さんはキリリという顔に戻り、
「神主さんの様子はいかがですか?」
と聞いた。
「驚きましたよ」
「何にですか?」
「どこにも痛みがないようです。目玉がなくなったというのに、目も全く痛くないようです。麻痺している様子もないので、本当に痛くないようです」
「痛くない?」
「ええ。目玉が無くなった方を確認させてもらいましたが、まるで無眼球眼窩のような状態で。血が出た様子も無いですし。どういう仕組みなのか…初めて見る症例です。義眼床手術をして、義眼を入れることをお勧めしてきました」
「私も契約解除を試みたら、彼のようになるということですな」
香川さんはオレを見た。
「その可能性は高いでしょうね」
香川さんは石を見て、
「一生のお付き合いになりますよ」
とオルダに語った。
ここで松井さんが口を開いた。
「もう1名はどうします? 契約するのは私ですかね?」
そうだった。まだ五十嵐がいた。
オレ、畑谷、香川さんは無理である。
「僕がやりましょうか?」
医者が右手を挙げた。目がキラキラしている。オルダにとても興味を持っているようだ。
「いやいや、先生にはいざというときにご対応いただかないといけないので」
香川さんが断る。
医者は少しばかり残念そうな顔をする。
「では、私が」
ここで手を挙げたのが清水さんだった。
香川さんと松井さんは驚いて清水さんを見た。
「普通に暮らす分には問題ないんですよね?」
清水さんがオレに聞いてきた。
「問題ないですが、例えば遠出したときなどで、挨拶したことのないオルダに出会うと、突然オルダの鳴き声が聞こえるようになりビビります」
オレは答え、さらに畑谷が追い打ちした。
「かなり頭痛くなるっす」
「正直、戸塚さんたちと調べていくうちにオルダに興味を持ってしまって。契約すれば、どこにオルダがいるかが分かるようになるということですよね?」
「挨拶したことのないオルダに限りますが」
「私、契約しますよ。…ただ、私も公務員なので、オルダは買い取ることになるんですが、もう一人の彼、プロなんですよね。プロの持ってるオルダは、星影神社さんのより高いんじゃ…という心配が」
公務員も大変だなあと思った。
「いや、アイツのオルダはそれほどでもないですよ。あまり質の良くないヒスイでしたので、15000円くらいかなと思います」
「15000円か…結構しますね。急に悩ましくなってきました…」
オレ的にはかなり小物という認識だったが、相場が分からない人にとっては高いものになるんだな。
「ご無理されないでください。いざとなれば、うちの松井がやりますんで」
香川さんがそういうと、松井さんは苦笑いをした。
「いや、食費を切りつけて頑張ります」
清水さんはそう言った。
そのタイミングで、病院受付の電話が鳴った。
医者は「すみません」と言って、受付に入っていき受話器を取った。
「はい、ああ、いえいえ。そうですか。それは良かったです。今目の前にいますよ。あ、はい、では伝えておきます」
受話器を戻した医者は、こちらに向かって笑顔で言った。
「三田さん、MRIなどの検査の結果も異常なしだったそうです」
「おお、それは良かった」
と香川さんは言い、携帯を取り出して見た。
「そうか、ここは圏外だから連絡が入ってこないんですね」
「すみません、Wifiはあるんですが」
医者の言葉にオレは慌てた。そうだ、いまならWifiが繋がるんだ。オレは携帯を取り出して、朱里さんにメッセージを送った。
『美術商に出入りしている人間の中に、佐々木という人はいる?』
すると、すぐに携帯がブルルと鳴り、レスが来た。
『何言ってるの? 戸塚くんをオーナーに紹介したのが佐々木さんじゃない』
…え?
オレは言ってる意味が分からなかった。やはり記憶がごそっとない。
『オレを紹介した?』
メッセージを送ると、再びレスがすぐにあった。
『佐々木さんが引退するからって、代わりに戸塚くんがオルダハンターになったんでしょ』
『今、佐々木さんは?』
『え、知らないの? 5年前に亡くなったでしょ。どうして急に佐々木さん?』
『いや、調査していたら、佐々木という人が出てきたから… オレは佐々木さんに連れられてオーナーに初めて会った?』
『いや、一人で来たでしょ。佐々木さんの手紙持って。さっきから何を言っているの?』
朱里さんは疑問を持っているようだが、それ以上にオレが疑問を持っている。
どういうことなのか。
いや、でも、それならば笹嶺神社の社オルダにオレのオルダが反応しなかったのも説明がつく。
「では、行きますか」
香川さんの声を合図に、一同は動き出した。
オレはモヤモヤを抱えたまま、五十嵐の部屋に向かった。




