60.平木信代の話
『彼女、何度試してもオルダと契約ができなかったようですよ』
香川さんの言葉には、何か引っかかるものを感じた。
「オルダと契約できない人がいるという話は聞いたことがあります」
『彼女はそっちのタイプだったということですな』
「根屋家に伝わっていた契約解除の方法を教えていただけませんか?」
『それがですね。笹嶺神社の社の下に石が並んでたでしょ。あの中のどれかにオルダがいるようで、その石にオルダとの契約を切ることを願うと契約が切れるらしいです』
「右側のどれかかもしれないですね」
『右側?』
「根屋家文書の中に、笹嶺右石にシミが現れたというようなことが書かれていて、それがオルダなのではないかと思っていたところです」
『なるほど』
「根屋家には、契約を解除したら目玉が奪われるなどと言った伝承はなかったのでしょうか?」
『どうやら無かったようですね。星影神社の神主の目玉が無くなった状態で発見されたという話に驚いていましたからな』
「慰霊祭のことは?」
『ああ、そうでした。そうでした。彼女も幼いころに父親から聞いたことがあるくらいで、あまり詳しくはなさそうでしたがね、まさに先ほど戸塚さんがおっしゃってた笹嶺神社の石にシミです。石にシミが現れると、事故などで亡くなった誰かの霊だと考えて慰霊をしていたようです。そして、慰霊祭は明治になくなったのではなく、神仏分離政策の流れで、神様となったもの以外の慰霊を表立って行うことができなくなっただけで、根屋家では彼女の祖父の代までひっそり続けていたようです』
「そうだったんですね」
『でも、彼女の父親はそれを継ぐのを拒んで、村を出たということです』
「それは、彼女の父親と同級生だったという食堂のおばさんにも聞きました」
『ほう。お聞かせ下さい』
「根屋家は千代の子孫にあたる上、笹嶺神社の管理もしていたことで、学校で『あいつに近寄ると呪われる』とか心無いことを言う子もいたらしく、何百年も前の話に縛られたくないと村を出ていったと」
『平木信代の話と一致しますな』
オレはふとした疑問を口にした。
「根音村を出ていった彼女がなぜオルダに興味を持ったんですかね?」
その疑問に香川さんは答えてくれた。
『それがですな、旗谷書房で秘書をしていた時にオルダオークションに参加する社長同行したようなんですよ。そこで初めてオルダの存在を知ったらしいのですがね、石の中のオルダが、根屋家に伝わる石のシミのように思えて、そこから調べ始めたようです』
やはり引っかかる。
「彼女はオークションに参加して初めてオルダを知ったわけですよね? つまり、根屋家ではオルダは虫ではなく、あくまでシミだと認識していて、そのシミと契約したり、契約を解除できることを知っていた」
『そういうことになりますな。それと彼女、岡田教授とも繋がっていましたよ。戸塚さんに事前に岡田教授について伺っていた助かりましたわ』
「岡田教授と?」
その繋がりは想定していなかった。
「つまり岡田教授は彼女から根音村について聞いて、この村を訪れた可能性が?」
『かもしれないですな。お、今御殿場を抜けましたので、あと1時間ほどでそちらに到着します。まあ、詳しい話はその時にでも』
香川さんは電話を切った。
「香川さんっすか?」
畑谷が聞いてきたので、頷いた。
「あと1時間くらいで村に着くそうだ」
「え、今朝東京に行って、ここまで戻ってくるんすか」
「タフだよな」
そして、これは伝えなければならないと清水さんを見た。
「根屋家のお嬢さんから話です」
「何でしょう?」
「笹嶺神社の慰霊祭は、明治になって無くなったわけではなかったそうです」
「えっ?!」
驚く清水さんに、香川さんから聞いた話をそのまま伝えた。
「神仏分離か。神様ではない仏の慰霊の禁止は考えられますね」
「あと気になることが」
「何ですか?」
「根屋家には、オルダと契約する方法と解除する方法が伝わっていたようです」
「今のところ、そのような文言は出てきてないですよね」
「きっと、この文書のように記していく間で、気づいたことがあったのでしょう。気になるのは、それが根屋家にしか伝わっていない点です」
清水さんは、一瞬考えてから、
「確かに。この村の風俗について調べていますが、オルダとの契約方法や解除方法などといった話聞いたことがなかったです。そもそもオルダも知らなかったくらいなので」
「根屋家の中で閉じた話になっていたとしても、根屋家が認識しているということは、契約解除することで目玉がなくなってしまった家があるはずで。享保二年の庚申塔の『さわるべからず』のような話、他にないですか? 笹嶺神社に近づいてはいけないとか」
「ああ、笹嶺神社に行くと呪われるというような噂話は、子供時代に学校で聞いたりしていました」
確かに、それは食堂のおばさんも言っていたな。
「時代の流れとともに話も風化していってしまったのかもしれません…。あ」
「あ?」
清水さんは思い浮かんだことがあったようだ。
「どうしたんですか?」
「根屋家本家は村から出ていってしまったのですが、根屋家出身の人はいらっしゃるんですよ。狭い村なので、親戚関係の人は多くて」
本家のことしか考えていなかったが、確かに出身者はいそうである。
「根屋家の残したものを整理する際に、その方が一部引き取ってらっしゃって、もしかしたら、その一部にシミとの契約や契約解除について載っているかもしれません」
それは重要な話ではないか。なぜ、それを今まで思い出してくれなかったのだ、とツッコミそうになったが、一旦飲み込んだ。
「紹介してください。家を訪れてみます」
「いや、訪れなくても、この建物の中にいらっしゃいます」
「え?」
「役場で働いてるので。もしかしたら、お会いしているかも」
お会いしている人は一人しか浮かばない。
「大川さん?」
しかし、清水さんは首を横に振った。
「受付を担当している女性なのですが、彼女の祖母が根屋家出身だったはずです」
初めてこの役場を訪れた時にトイレを教えてくれた白髪交じりの人か。
「呼んできますので、少々お待ちください」
そう言って、清水さんは郷土資料室を出ていった。
狭い村だから親戚が多いと言う話は分かるような気がした。そして、受付の女性を思い出したと同時に思い出したことがあった。この村唯一の個人タクシーを清水さんと言っていた気がする。もしかして、清水さんの親戚だったりするのだろうか…。




