59.清水さんへ
「オルダって何ですか?」
清水さんはきょとんとした顔で聞いてきた。
「あれ、話してなかったでしたっけ?」
畑谷がきょとんとした顔で返す。
「我々は、千代の呪いも、ここに出てくる笹嶺のシミも、オルダであると考えています」
オレはペンダントを外し、清水さんに見せた。そしてペンダントトップをこすった。そこにオルダが姿を現した。
「これがオルダです」
清水さんは「これは…」と言ってオルダを見つめた。
「石の中に住んでいる虫です」
「主に石の中っすね。俺のはノートっす」
畑谷が口を挟み、和綴じノートを取り出し、オルダのページを探して、清水さんに見せた。
紙の中で動くオルダを見て清水さんが驚いている。
「オルダの鳴き声は、オルダと契約をして初めて耳にすることができます」
「契約?」
「方法はあえて伏せますが、オルダとは契約を結ぶことができるんです。そうして契約を結ぶと、耳の中でオルダの鳴き声が聞こえるようになるんです。今わかっているオルダが鳴くタイミングは、契約しているオルダと離れた時、そして、他のオルダと出会った時です。その時にオルダはギーーーーーーーー―という声で鳴きます。人によってはそれが耳鳴りのように聞こえたり、子供の泣き声のように聞こえたりするかもしれません」
清水さんは点と点が繋がったような表情をした。
「つまり、鬼虎の話に出てくる千代の呪いがかかった人同士が会うと子供の泣き声が聞こえるようになるとか、根屋家資料に出てくる馬込や黙光寺で耳鳴りがするとか、それがオルダだったということですか?」
「そうなのではないか、と我々は予想しています」
「お二人は、今もオルダの鳴き声が聞こえているんですか? 今二匹のオルダがいるわけですよね?」
答えたのは畑谷だった。
「オルダ同士を挨拶させると、鳴き止むんすよ」
「挨拶?」
「オルダ同士をくっつけるんす。一度挨拶すれば、二度目以降は鳴かなくなるんす」
「そうなのですね。えっと、つまり呪いがかかった人は、挨拶しなかったから毎回聞こえてたということですか?」
「実際のところは分からないですが、彼らは我々と違い、体の中にオルダが入っていたようなので、挨拶する方法としては、握手とか触れ合うことで成立したとは思うのですが、聞こえ続けていたのだとしたら、そういった触れ合いをしていなかったのだろうとは思います」
清水さんは驚いて言った。
「体の中にオルダが入るんですか?」
「我々もそれに関しては疑っていたのですが、昨日実際に入った人がいまして」
「そうなんすよ。ああやって入るんすね」
清水さんは更に驚いた。
「昨日?」
「えっと…昨日笹嶺神社を捜査してまして、鬼虎の話が本当だったと思われる骨が出てきまして、それに誤って触れてしまった警察の人の体にオルダが入ってしまったと言いますか…」
「なんですか、その話。初めて聞くんですけど」
「村役場には伝わってなかったんですね。一応、星影神社さんの許可を得て、掘ったんですよ。鬼虎と鬼虎の子を埋めたとされる場所を。そうしたら人骨が3体出てきまして」
「え!?」
「刑事さんの見立てでは、2体はかなり古い人骨ということだったのですが、一体は劣化していない白い骨だったので、白い骨が出てきた以上、調べなければならないということで、検視官の人たちとかも来まして。骨を運ぼうとしたんですけど、その時に検視官の一人の人が、骨に直接触れてしまって」
オレは自分の腕の表面を人差し指で擦った、
「皮膚の中にオルダが入ったんですよね」
清水さんはギョッとした表情で話を聞いている。
「すると、その方は、オルダと契約を結んだ我々と同じ状況になったんですよ。オルダの鳴き声が聞こえるようになりました」
「オルダは体の中に入っても大丈夫なのですか?」
「昨日診療所で一通り診てもらって、健康状態に問題はなさそうで。今日も今頃は大きい病院でMRIの検査とかしているはずです」
「えっと、つまり…鬼虎の話は本当であった?」
「その可能性が高いのではないかと思います」
清水さんは突然笑い始めた。
「まさか、村と全然関係のない人に証明されるなんて。私は郷土資料の担当だというのに、文章を読むだけで挫折して…なんか、情けないですね」
清水さんは一転しょんぼりとした顔をした。
「いや、我々がここまで進めたのはオルダを認知していたからというのが大きいだけです。それがなければ絶対に気づかなかったですよ」
「あの、先ほどさらっと流してしまいましたが、確認したということは、今でも馬込と黙光寺にオルダがいたということですか?」
「はい。黙光寺のオルダは手水舎にいて、住職さんと契約していました。住職さんは、我々が訪れるまでオルダと契約していたことに気づいていなかったようですが。馬込のオルダは、享保二年の庚申塔に」
「一つだけ風化していなかった庚申塔にオルダが?」
「はい、オルダが住み着いているものは、どうも劣化が遅れるようです。笹嶺神社の人骨の一体が白いままだったのも同じ理由かと思います」
「享保二年の庚申塔に触れるなという言い伝えも、オルダと契約してしまう恐れがあったから?」
「そういうことだと思います」
清水さんは少し茫然としたように頷いている。
その時、オレの携帯のバイブが鳴った。取り出して確認すると刑事の香川さんだった。
「すみません、刑事さんから電話が入ったので、出てもいいですか?」
「ええ、他に誰もいないので、どうぞ」
オレは応答を押した。
「はい、戸塚です」
『香川です。今は電波が届くところにいらっしゃるんですね』
「はい、役場にいます」
『平木信代から話を聞けましたので、言付かっていたことをお伝えしようかと』
「本当ですか?」
『ただし、取引しませんか?』
「取引?」
『今日、何か進展ありましたか? それをお聞かせいただきたいなと』
「分かりました。では、オレから伝えられることをお伝えします」
『お願いします』
「今日の調査をもとに考えられるのは、笹嶺神社で倒れていた二人は、オルダとの契約を終了したのではないかということです。彼らが目覚める方法として考えられる仮説が、彼らと契約終了したオルダが、他の人物と契約を結ぶ」
『そう考えられる話が出てきたんですね』
「はい。寺の一つにオルダから体から抜けた人物が、しばらく眠り続け、眠りから覚めると片目を失っていたという話が伝わっていました。また、根屋家の文書に、別の寺でオルダを体から抜かす儀式を行い、抜けたと考えられる日に卒倒したと書かれていました」
『なるほど』
香川さんはオレの話をすんなり受け入れたようだった。
『では、こちらの情報もお伝えしましょう。平木信代は、土曜に星影神社の神主にオルダと契約する方法と解除する方法を知らせたようです』
「あの社長秘書は解除する方法を知っていたということですか?」
『そういうことになりますな。そしてこの話は、今戸塚さんがおっしゃった話と繋がりますな』
「神主は土曜あるいは日曜にオルダと契約して、笹嶺神社で契約解除を行い、そこで倒れた」
『もし、それが本当だとすると、これは事件ではなく事故ということになりますな。あ、戸塚さん』
「はい」
『仮説を試すのは、我々が到着するまでお待ちください』
「え?」
『その際には、我々は立ち会いますので』
「いや、仮説を立証するには、オルダと契約してくれる人が必要で。まずはその人を見つけなければならず」
『もしもいないようならば、私がやりましょう』
香川さんならば、そう出てくると思った。
『そうそう、もう一つお伝えしなければ』
「何でしょう?」
『平木信代は、様々なオルダに触れるために社長をオークションに参加させていたようです』
「え? 何のために?」
『彼女、何度試してもオルダと契約ができなかったようですよ』




